第13話

「草津と電話がつながらない?」

 電話で茉莉川杏奈に呼び出された渚は、カフェを出るとその足でそのまま事務所に向かった。

「はい。泉石先輩、お休みのところすみません。草津先輩と二人で、13時から事務所で依頼人と会う事になってるんですけど、草津先輩と連絡が取らないんです」

「あいつの事だから、忘れてるんじゃあないの?」

「せんんんり千里さんは、そんな人じゃあありません!」

 杏奈が突然、目の前のテーブルを思い切り叩く。

「茉莉川さん? 千里さんって? 草津の事?」

「あぁ!?」

 渚が、千里と呟くと、その途端、目の前の杏奈の顔がドンドン赤く染まっていく。

 そして、モジモジしながら……

「……先輩。誰にも言わないで下さいねぇ? 私と千里さんが付き合ってる事」

「どうしようかな?」

「先輩!」

 涙目になる杏奈。

「……なんてねぇ? かわいいかわいい後輩の頼みだからね?」

「先輩っ!」

 再び、頬を真っ赤に染める杏奈。

「それにしても草津の奴も隅に置けないなぁ? いつの間にか自分だけ彼女作りやがって」

 ニヤニヤしながら、草津の事をからかう。

「泉石先輩は彼女いないですか?」

「俺? いない、いない」

 渚は、首を左右に振る。

「えっ! もったいない。先輩、カッコイイのに」

 杏奈は、渚の腕を思わず掴む。

(へぇ、そうやって、二人の男と肉体関係持ってたんだ! 流石、悪女!)

「泉石先輩?」

 心配そうに杏奈が渚の名前を呼ぶ。

「ごめんごめん。けど、こんなところ、草津が見つかったらあいつ嫉妬するよ」

「!? ごめんなさい」

 渚の言葉に、杏奈は慌てて掴んだ腕を離す。

「……茉莉川さん。俺なら大丈夫だよ。どうせ、寂しい独り者だから」

「本当に本当にすみませんでした」

 頭を下げてくる杏奈に、大丈夫だと左右に手を振る。

 そして、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。

「茉莉川さん。話を草津の事に戻すんだけど、俺、あいつの連絡先知らないんだ。だから、申し訳ないけど他の人に訊いて貰えると……あぁ! 柿谷課長だったら知ってるじゃあないかな? 草津の連絡先」

「…」

「茉莉川さん? どうかしたの?」

 急に黙り込んでしまった杏奈の顔を心配そうに見つめる。

「!? 大丈夫です」

「本当?」

「はい。でも先輩、私、課長の連絡先知りません」

 嘘。でも、ここで言えるわけがない。

「それなら大丈夫。俺が電話してあげるよ!」

 ポケットから携帯電話を取り出し、柿谷に電話をしようとした瞬間……

「せんっせせ泉石先輩!」

 大きな声で杏奈が渚の名前を叫ぶ。

「ん? どうしたの?」

「自分で掛けます。なので……」

「あぁ! そうだよね? ごめん! あぁ! ちょっと待っててね」

 渚は、柿谷の連絡先をテーブルに置いてあったメモ用紙に書き写す。

「はい茉莉川ちゃん。これが柿谷課長の連絡先」

「あぁあありがとうございます」

「いえいえ。課長知ってるといいね? あぁそうだ! これ、よかったら、草津と一緒に食べて……ごめんね? 力にならなくて」

「いえ。私こそ、すみませんでした」

「ううん。じゃあ、俺はもう行くね」

「はい。お疲れさまでした」

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