第4話

「はぁ」

 渚は、勤めている職場(探偵事務所)を抜け出し、一本路木に入った小さな店に足を踏み入れた。

「…これはまた大きなため息ですね?」

「しょうがないだろ。あそこで素顔をさらけ出す訳にはいかないだろ」

「そうですね? あそこでの貴方は、真面目な好青年ですからね?」

「昴。奴の素顔は、把握できたのか?」

「はい。こっちらがその資料になります」

「ありがとうって……おい!」

 渚は、自分に資料を差し出してきた、鳴海坂昴にツッコミを入れる。

「ん? どうなさいました?」

「なんで、敬語なんだよ!」

 渚のツッコミに、昴は、顔にかかった髪を手で払いながら答える。

「渚、そう怒るなって。一度やってみたかったんだよ!」

「あぁ! だから、そんな格好なのか?」

 ※渚の前にいる鳴海坂昴の現在の恰好。

 黒の燕尾服に、両手には、白い手袋。足元は、黒の革靴。

 そして、極め付けは、普段かけていない眼鏡まで掛けていた。

勿論伊達眼鏡だ。

「渚、どう恰好似合ってる?」

「……微妙」

「ひどい」

 渚の評価に、納得がいかないのか、昴がテーブルに身を乗り出してくる。

「お前の趣味に、俺を巻き込むな!」

「ブー。全く、素直じゃあないんだから……」

「なにか言った?」

「なにも。でこの人、なにかやらかしたの?」

「あぁ」

 意味深な笑顔で、昴の質問に返事を返す。

「?」

 その返事に、昴は、違和感を覚えた。

 いつもの渚なら、そんな顔で返事を返したりしない。

 昴は、渚から、説明もなしに岡宮永輝と名乗る人物について調査して欲しいと1週間前、突然電話で呼び出され、その人物が女性を壁越しに押し付けキスしてる映像をいきなり見せられた。

 それも、この人物の顔を自分が、認識できるまで、なんでも。

 だから、この人物を見つけ出し、身辺調査を始めた時は、映像とのギャップに驚いた。

 自分が、思い描いていた人物とまるっきり正反対の人物だったから。

「昴。ありがとう。助かったよ!」

 資料を引き出しにしまおうとした渚の手を上から昴が強く握る。

「渚? 僕になにか隠してない?」

「…何も隠してないけど」

「…本当に? だったらなんで僕から目を逸らすの?」

「気のせいだろう?」

 自分から急に眼を逸らした零の両眼をじっと見つめる。

「渚っさぁ、嘘をつく時、必ずと言って目を逸らすよね? その癖、その事を指摘されると絶対怒るよね?」

 鳴海坂昴は、泉石渚が、6年間で唯一本当の意味で友と呼べる存在。

 そして同時に、できる事なら彼を巻き込みたくない。

 でも……

「……負けたよ。お前の言う通り、この岡宮永輝は、美緒さんの旦那なんだ」

「えっ!」

 昴の瞳が、渚の寂しそうな顔を映す。

「昴、きみには、言ってなかったけど、3日前、偶然、美緒さんと再会したんだ。そして、その時、はっきり彼女に言われたんだ。渚君。私もう、岡宮永輝の妻なのって。笑えるよねぇ? 6年間、捜し求めてようやく見つけたと思ったら、他の男と結婚してるんだから」

「……渚」

 悲しい癖に、明るく笑う渚に昴は何も言葉を返す事ができない。。

「でも、そんな彼女を、あの男……岡宮永輝は最悪な形で裏切った」

「まさか……あの映像」

 昴の脳裏に、あの時の映像が鮮明に浮かびあがった。 

「そうだよ? 昴、きみに見せたあの映像、あれは、岡宮永輝の不倫現場を捉えたものだよ! 僕は……」

 _ゴンゴン_

「渚!」

 急に渚が、テーブルを叩き始めた。それも何度も何度も。

「何してんだよ!」

 昴は、慌てて渚の拳を掴む。

「離せ!」

 強引に離れようとしても彼の力が強くて離れることができない。

「離せない。渚! 君は、いまでも美緒さんの事が好きなんだろ! その為に、6年もの間、彼女の事を捜し求めてたんだろ?」

「あぁそうだよ! 俺は、いまでも古閑美緒の事が好きだよ」

 売り言葉に買い言葉で、渚は、昴に自分の素直の想いをぶつけた。

「……だったら奪えばいい。美緒さんは君の恋人なんだから!」

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