第3話

12月12日。午前11時30分 探偵事務所休憩室。

「……泉石先輩! 泉石渚先輩!」

(誰かが俺の事を呼んでる? 美緒?)

 いや ?  美緒がこんな所にいるはずがない。

 だって美緒は……

「もう! 先輩! 起きて下さい! 先輩!」

 声の主は、中々起きない渚の背中を思いっきり叩く。

「……いたたたぁぁああああああああああ!」

「お疲れ様です泉石先輩」

「……茉莉川さん?」

 天使の笑顔で何事もなかったかのように渚の事を見つめ返す。

「先輩? まだ休憩時間はだいぶ早いですよ? それに、まだ仕事の途中ですよね?」

 再び天使の笑顔。

 けど、目元は笑っていない。

「……あぁ! また柿谷課長を怒らせたんですね? 先輩? 本当、課長に怒られるの好きですね? で今度は一体何をやらかしたんですか?」

「なにもしてないから」

「そうなんですか? 私、てっきり、なにかしでかしたらここにいるのかと」

「違うから! ってか誰がそんな話を君に?」

「えっ? 草津先輩ですけど?」 

「あの野郎? そんなデタラメな情報教えやがって!」

「せっせ泉石先輩?」

 突然、大きな声を出した渚に、杏奈驚く。

「……あぁ! ごめんねぇ? 茉莉川さん」

「あぁいいいえ! それより、自分なんか余計なこと言ったみたいですね?」

「あぁ! 茉莉川さんは何も悪くないよ! 悪いの君に嘘の情報を教えた草津のバカだったから! だから、茉莉川さんは何も気にすることはないよ!」

「すみません! でも……」

「茉莉川さん! ぼくになにか用事があったんじゃあないの!」

「あぁそうでした! 先輩! 草津先輩が捜してましたよ!」

「あぁ! 忘れてた! あいつに依頼人紹介するんだった。やべぇすっかり忘れた! ありがとう茉莉川さん!」

「どういたしまして! じゃあ、私は、自分の仕事を途中で抜け出してきたんでこれで失礼します」

 コップに入れたお茶を一気に飲み干し、空になったカップをゴミ箱に投げ捨てる。

「お疲れ!」

「お疲れ様です」

 休憩室の出入り口まで走り出していく杏奈の後ろ姿に、あの日の美緒の後ろ姿が重ねる。

「……美緒」

 ☆ ☆ ☆

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