第70話

「樹利亜!? 樹利亜」

 暗くなった会場の中で、七瀬は、隣に居るはずの元妻樹利亜の名前の名前を呼ぶ。

「…樹利亜さんなら、もう居ないよ?」

「!?」

 呼び掛けに返って返事は、明らかに樹利亜の声ではない。

 それどころか、この声は…明らかに…えい…

「はぁぁぁぁぁぁぁはははあぁっぁあはぁぁぁぁぁぁ…」

 七瀬は、唇を突然塞がれ、呼吸すら奪われ、意識がドンドン遠のいていく…はぁ!?

「泉!? なんでお前がここに居るんだ!?」

 七瀬は、寸前の所で意識を取り戻す。

 そして、いきなり現れた穎川泉をうしろに壁に押しつける。

「…龍治さん」

 壁に押しつけられた穎川泉は、以前に比べて大人っぽく、胸元が大胆に開いた薄白いシャツから胸がちらりと見える。

 その姿に、七瀬は、一瞬理性を失いかける。

 でも、どうにか踏ん張って、もう一度同じ質問をぶつける。

「なんで、お前がここに居る? 樹利亜はどこに行った?」

 泉の問いかけに、懐中電灯を持った司会者の男…泉石渚が二人の前に姿を現す。

 その眼には、さっきまで掛けていた銀縁眼鏡はない。

「…お久しぶりですね? そちらこそよく潜り込めましたね? 警備員に色気でも振り撒きましたか?」

 穎川は、相手の正体が、解っているのか嫌みっぽく返事を返す。

「…えぇ! 私、こう見て、元アイドルですから。それに、貴方だって、私に、強く言える立場じゃないないですよねぇ?」

 穎川は、大胆に開いたシャツから見える赤いブラをわざと強調しながら、相手の反応を待つ。

「…そうですねぇ? でも、そっちの相棒さんはまだ気づいていないみたいですよ?」

「おい! 泉、さっきから誰とと何を話してるんだ! お前は、一体!何者だ!」

 自分だけ、置いてけぼりにされている七瀬が、渚に、向かって襲い掛かる。

(…スノードロップ)

 襲い掛かってきた七瀬の耳元に向かって、「スノードロップ」と一言囁く。

 ※スノードロップの花言葉:貴方の死を望みます

「…」

 七瀬は、その場に崩れ落ちた。

「龍治さん!? 大丈夫! ちょっと、あんた! 彼に、なに言ったの!」 

 穎川は、七瀬の名前を呼び掛けながらも、渚にも、怒りの声を上げる。

「…僕の正体を教えてあげたんですよ? あなただって、それがわかってここにいるんですよね?」

「…」

 南浜さん。あなたは、なんで、こんな男の言葉を信じたんですか?

 この男は、自分たちの弱みを握り、駒にしたんですよ?

 でも、あなたは、この人の言葉を信じるんですよね?

 だったら、私もこの男を信じるしかないじゃあない? 元同級生泉石渚くんを

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