第55話
(く……いやぁ、七橋さんに会ったら、昔の知り合いが結婚おめでとうって言ってたって、俺の代わりにく……いやぁ七橋さんに伝えといてくれない?)
お前にそんな顔させる為に、あんな言葉を言ったわけじゃあない。
俺はただ、明希に解って欲しかった。
あいつの悲しみを。
そして、あいつがその悲しみをどんな風に乗り越えたかも。
ただ、あいつに気づいて欲しかった。
ただ、一言七橋謝って欲しかった。
そしたら……
俺は……明希になんて言うつもりだった?
七橋と今度はちゃんと向き合え!
そして……
そして……
_ぶぶぶぶぶぶぶ_ バイブレーション。
「!」
強引に現実に引き戻される。
兼城、テーブルのスマホに手を伸ばす、相手を確認させず電話に出る。
「はいもしもし……あぁ! 遠藤さん。お久しぶりです。どうしたんですかこんな時間に?」
電話の相手、遠藤匠さんは、神林栞の恋人で、華水駅から新幹線で1駅の所にある「穂村」にあるお菓子工場で正社員として働いている。
そして、「rose」の店長、樹怜が監督を務める草野球チームのメンバーの一人でもある(兼城もメンバーの一人として所属している)。
「あぁちょっとねぇ? 兼城君。いまからちょっと会えないかな?」
「今からですか? 自分は全く構いませんが、遠藤さんの方は大丈夫なんですか? ほら今日は……」
急なぎっくり腰で神林は今日の勤務を急に欠勤してた。
急な欠勤の連絡だったので、代わりのスタッフを立てる事ができず、ホールは、浅井と宇野。キッチンは、自分と如月の二人で担当する事になった。
ただでさえ、今日は大人数の合コンパーティと店長の突然の思い付きで新たに試作を命じられた。
それだけに、ぎっくり腰の彼女(神林)を残して、短時間とは言え一人にするのはダメな気がする。
まぁ? 個人の問題だから自分には関係ないけど、普通は恋人が病気で苦しんでたら、仕事はしょうがないとして外出はしないんじゃないのか?
「あぁ栞? あいつの事ならもう大丈夫! いまは、來未ちゃんと一緒にリビングでテレビ見てるよ!」
「はぁ……神林らしいですね?」
「だろ? 俺もびっくりしたよ! 朝仕事に行こうとしたら……あいつの部屋から叫び声が聴こえて部屋に行ってみたら、ベットの上であいつが固まって」
「じゃあ、遠藤さんが神林を病院に?」
「そうしてやりたかったんだけど……」
「あぁそう言えば、今、遠藤さんの所、一番の繁盛期でしたねぇ?」
「そうなんだよ! 忙しくない時は、急に休んでも大丈夫なんだけど、とくに今は、クリスマスシーズンとも重なって」
「大変ですね? じゃあ、神林は?」
「だから、栞には申し訳なかったけど、來未ちゃんに栞の身の回りのお世話をお願いして、僕は仕事に行ったんだ!」
栞がぎっくり腰になったというのは、まるっきりデタラメ。
そして、來未ちゃんが居なくなったことを悟られてはいけない。
今はまだ……
だからこそ、兼城を信じさせるために匠は話を作り上げる。
「そうだったんですか? でも、遠藤さんが病院に連れて行けなくても七橋に代わりに連れていって貰えばよかったんじゃ?」
遠藤さんがダメでも、七橋に頼めたはず。
兼城は、そう考え彼に尋ねた。
しかし、遠藤さんからは、意外な言葉が返ってきた。
「……兼城君。それは無理だよ!」
「どうしてですか? 安心じゃあないですか? 見て貰った方が」
兼城は、沿道の言葉に首を傾げる。
確かに、ぎっくり腰になると動けない。
だからこそ、病院で見て貰った方が絶対いい。
「……兼城君。栞は、病院に連れて行くどころかベットから半日全くも動けなかったんだよ! そもそも」
「あぁぁぁぁ……」
その言葉を訊いて兼城はようやく納得し、次の言葉を話そうとしたら……スマホの画面に電話番号が通知され……同時に大音量のバイブレーションが響き渡った。
「!」
その音は、電話越しの遠藤にも聞こえたらしく……
「兼城君。もしかして電話?」
「はい! でも、知らない電話番号からで。きっと間違え電話だと思います。なので……」
このまま切ろうと思いますと言おうとしたら……
「兼城君! 一応出てみなよ! じゃあ? また連絡するねぇ」
「えええ遠藤さん!」
どうしてそこまでこの電話にこだわるんですか? と訊こうとしたけど……彼からの電話はもう切れていた。
兼城は、出る気はなかったが、遠藤にあそこまで言われてしまったので電話に出ることにした。
「もしもし……」
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