第38話

(……明希。お前……まだ七橋の事を?)

 宇野の話を訊く限り、明希は7年経ったいまでも七橋の事……自分の婚約者だと思っている。

 でも、それはあいつの独りよがりで。

 七橋は、とっくに明希に見切りを付けている。

 それも……7年も前に。

 それどころか、今の七橋は、明希に構っている暇なんかない。

 だから……

「瀬野明希は、確かの七橋の婚約者だ」

「じゃあ? いますぐ七橋先輩に連絡して……」

 來未に電話をする為にキッチン内にある、固定電話に手を伸ばそうとした宇野を兼城が寸前の所で止める。

「ただ、あの二人が結婚する事はなかった。あの二人の関係は、10年前にとっくに終わってる。それどころか、七橋には来月、結婚式を挙げる弁護士の婚約者がいるぞ!」

「えええええええええええええええ! 七橋先輩! 結婚するんですか?」

 兼城からの衝撃な真実に宇野は大きな声で叫ぶ。

「お前、知らなかったのか? 七橋が来月結婚すること」

「……知りませんよ! そんな事! じゃあ? 本当に瀬野さんとはもう何も関係ない?」

 七橋先輩の事だから、交際している恋人ぐらいは居るんだろうとは思っていた。

 だから、さっき浅井からあの話を訊いて、まさか彼氏に彼氏がいるとは思ってもみなかった。

 でも……

「関係どころか、あいつとは10年も前に関係が終わってるからなぁ? だから、今更その…瀬野明希……宇野」

 兼城は、言葉を一旦切り上げ近くに来いと宇野を呼び付ける。

 roseでの会話は全て事務所の監視カメラで記録されている。

 だから、秘密の話ができたもんではない。

 なので……

「なんですか先輩?」

「いいからもっと近くに寄れ!」

 兼城は、宇野の腕を掴み、自分の顔ギリギリの所まで宇野を引き寄せ、小さな声で囁く。

「いいか! 今から話す事は誰にも言うなよ! もし、誰に話したら……」

「ゴクリ」

 宇野唾を飲む。

「……瀬野明希と俺は、七橋を奪い合うライバル同士だった。なんていうのは冗談で、瀬野明希とは学生時代からの親友なんだよ!」

「そうだったんですか?  じゃあ、瀬野さんは、七橋先輩とはその時に交際してたんですか?」

「まぁなぁ? 瀬野と七橋が交際してたのは大学の4年間だけで、卒業と同時に瀬野のアメリカへの語学留学が決まって二人の交際は終わった。だから、いま、お前からその話を訊いて正直びっくりしてるんだよ! だから宇野、七橋は、今、新しい婚約者と今まさに幸せになろうとしてる。それも……」

 これは嘘ではなく本当の話。

 なんでいまになって七橋の前に現れた。

 あいつは、ようやく幸せになろうとしていたのに……

 まぁ? その幸せをあの男によって潰されたけど。

「昔、それも10年に別れた元恋人に邪魔されたくはないだろう?」

「ですね? 解りました。浅井には私の方から口止めしておきます」

「任せた!」

 自分に対して頭を下げると自分から離れ……

「そう言えば兼城先輩は、七橋先輩に告白はしなかったんですか?」

 悪戯ぽっく尋ねてくる宇野。

「する訳ないだろう! 一時期とは言え、親友の恋人だぞ! それに、俺が好きなのは、ショーカットで眼鏡を掛けたかわいい子だ!」

 大きな声で自分の好みの女性を宣言する兼城に宇野は……

「じゃあ、兼城先輩、わたしそろそろホールに戻りますねぇ?」

 兼城がお疲れ様と言う終わる前に、キッチンから出て行く。

「おつ……ってかもういないし」

 兼城は、脱兎のごと居なくなった宇野にツッコミをいれながらも、仕事を再開する。

 言える訳ないだろう? 俺が七橋の事好きだなんて。

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