第28話

(お前は何も悪くない。勿論、七橋だって悪くない)

 樹に一方的に電話を切れてしまった栞は、樹の言葉が気になり自分の寝室で寝ている來未の様子を見に行こうと自分の寝室の扉の前にやってきた栞は、扉の隙間に紙が挟まっているのを発見した。

「なんだろう?」

 栞は、中で寝ている來未を起こさない様に扉を少しだけ開けると、挟まっている紙が床に落ちた。

 栞は、その紙を拾い上げると、來未を起こさないように開けた扉をゆっくり閉める。

 そして、拾い上げた紙になにが書かれているのか確認する為に、栞は、その紙に目を…

「いやあああああああああああああああああああああああああああああ」

 廊下に広がる栞の悲鳴。

 その大きな悲鳴に、自分の寝室で寝ていたからパジャマ姿の匠が慌てた様子で飛び出してきた。

「栞!」

「…たくみさん?」

 自分の悲鳴にパジャマのまま寝室から飛びだしてきた匠の顔と、自分の名前の呼ぶ彼の声に、來未からのメッセージに泣きじゃくっていた栞は、ゆっくり顔を上げ、何も告げずに匠の胸に飛びついた。

「うぇええええええええええええええええええん」

「栞! 泣いてるだけじゃあ何も…ん?」

 自分の胸の中で泣きじゃくるだけで一切何も言わないしおりに苛立ちを覚え、彼女にその事を直接口に出そうとした瞬間、彼女の足元に紙が落ちていることに気が付く。

 匠は、その紙を拾うために、自分の胸の中で泣きじゃくる栞を右腕で支え、左手で彼女の足元に落ちていた紙を拾う。

 しかし、拾い上げた紙を見た匠は、拾った紙を見ながら、栞に聞こえないように小さな声で叫んだ。

(読めない)

 匠が拾った紙に書かれていたのは、自分が普段話している日本語でも、学生時代授業で勉強した英語でもない、いままで見たことも聞いたことのない国の言葉だった。

 ※匠が拾った紙に書かれている文章。

 Toutes mes Félicitations pour votre mariage (トゥットゥ メ フェリスィヨン プール ヴォートㇽ マリアージュ。意味は、フランス語でご結婚おめでとうございます)

※このフランス語の綴りは正確ではありません。使用しているパソコンの文字の変換機能がフランス語には対応していないので、所々つづりがおかしい部分があります。すみません)

「…Toutes mes Félicitations pour votre mariage (トゥットゥ メ フェリスィヨン プール ヴォートㇽ マリアージュ。フランス語で、結婚おめでとうって意味だよ!」

「!」

 自分の胸で泣きじゃくんでいた栞が、顔があげ自分の顔を見つめていた。

 しかし、両目は今までの涙で真っ赤に充血していた。

「…栞」

 匠は、栞の両目の充血姿で、栞ではなく、來未ちゃんに何かあったのではと察した。

 だけど、それを彼女に問う事はできなかった。

 だって…もし間違えていたら…

「…匠さん?」

「なんでもない。それより、栞の方が大丈夫? きょう、朝から仕事だろう?」

 自分の動揺を感じ取らない様に、普段の感じで返事を返す。

「……あぁそれなら大丈夫。店長に言って他の人に休み代わって貰ったから。」

 自分の突然の叫び声といきなり抱きついた事を謝る栞。

「なんだそんな事か? 別に気にしてないから大丈夫だよ! そんな事よりなにがあったのか話してくれない? 勿論、栞、君が話したくないなら無理には…」

 本当はなにがあったのか話して欲しい。

 でも…栞に嫌な思いをさせてまで…話しを訊きたくはない。

「…」

 栞、匠の言葉に一瞬なにか何かを考える様に黙り込む。

 しかし、すぐさま真剣な目つきで匠の顔を一瞬見つめるとすぐさま彼の横を通り抜け、自分の寝室の前に立つとそのまま寝室のドアを開ける。

 そして、部屋の中が見える形で匠の方を振り返ると、そのまま彼に向かって、どこか寂しそうな顔をしながら小さな声で呟いた。

「…來未は、昨日、私が匠との結婚を決めた瞬間、私以外の人間に明日の朝、私の家から居なくなることを告げてから姿を消したの? 匠さん。私って來未の親友じゃあなかったのかな?」

「…」

 誰もいない寝室(栞の)に、主を失った黄色のキャリーケースが一つ寂しそうに残っていた。

 そんな部屋の様子と栞の悲しそうな姿に、匠は、何も言う事が出来なくなってしまった。

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