第10話 直送
「着いた。おれは、ようやく辿り着いた…!」
家の玄関をこれほど恋しいと思ったことがかつてあっただろうか。
帰り道も走ったらもっと効果あるんじゃない?
とか思ってたおれを叱ってやりたい。
靴を脱いで倒れ込むようにして廊下を這って進み、風呂を沸かしてひと息つくまでグダグダだった。
疲れた。
「人間は気持ちだけでは強くなれない。だから努力し続ける人間は尊いのさ!」
おれはおれを納得させるために今日のがんばりをいい感じの言葉でまとめて労う。
ポジティブは大切だ。
無いと心が色あせちゃうだろ?
だからおれは色あせた会社員はもう卒業した。
今のおれは【
「まだデビュー戦を飾ってないけど、それはそれ。明日こそは輝かしい探索者ライフが始まるのさ!」
湯を浴びて気持ちも身体もリフレッシュ。
筋トレで張った身体を見ていたら腹が鳴った。
帰りがてらガタガタの身体のまま命懸けで買ってきた牛丼をかっ食らう。
卵、ネギ、炒めた玉ねぎがべらぼうに美味い。
紅生姜が食欲をそそり、牛肉が筋肉に染み渡る。
「今日の牛丼が明日のおれを輝かせる。ちぢれた牛肉にタレが絡むがごとく、おれの壊れた筋繊維がタンパク質を欲している! 店主、おわかりだ」
いそいそと袋から二杯目の牛丼を出す。
スグルの気持ちが少し理解できた。
「そうだ。これだけ食べたらもう少しダンジョンにも潜れるんじゃないか?」
リアルダンジョンレスのおれにはケータイのダンジョンは救いである。
よく出来たシミュレーターなのは分かってるが、やればやるだけ強くなってレアなスキルまで手に入れている
「しまった。おれの家じゃ“
そう。そもそも全身武装するだけなら家でもできるところを、わざわざ協会に出向いてシミュレーターをプレイしたのは武器をレンタルするためだ。
だって武器買おうとすると高いし、探索者協会のレンタルサブスクお得だし。
バッタもん掴まされる心配もないし!
「チクショウ。おれはどうしたら……」
――――――――――
倉庫:魔石(9等級)×2
:魔石(10等級)×11
:小緑鬼の肉切り包丁×1
:黒曜狼の毛皮×1
――――――――――
「ああああぁ! ある、あれだ、あれがあった!」
思わず台詞が「あ」だらけになったのは、それだけ衝撃的だったからだ。
特殊が『ラッキー』なだけあってジャージマンは運が良いのかも知れない。
――――――――――
『小緑鬼の肉切り包丁』
―《取り出す》―
―《アイテムボックス》―
―《捨てる》―
――――――――――
「もちろん取り出……、ん?」
【アイテムボックス】?
取り出すのと何が違うのだろうか。
ジャージマンも探索者なら【アイテムボックス】くらい持ってるだろうけど。
「ポチッと」
深い考えなんてない。
そういうのは頭のいい人に任せる。
しかし押したはいいが何の変化もない。
それはもう不安になるくらい何もない。
――――――――――
倉庫:魔石(9等級)×2
:魔石(10等級)×11
:黒曜狼の毛皮×1
――――――――――
【ジャージマン】
HP: 37/ 37
MP: 12/ 13
SP: 28/ 32
LV: 4
VS: 疲労
特殊:《ラッキー》
術技:“白牙穿”・SP5
:『リターンホーム』・MP15
装備:ジャージ
道具:ポーション(N)×3
――――――――――
「倉庫にもない。道具欄にもない。えっえっえっ、何でないの? やだウソちょっと待って、えっ何で何で何で?」
ごめんなさい、おれが間違ってました。
教えて頭のいい人!
「そんなそんなそんな。あっそうだジャージマンをタッチしたらアイテムが……出ない! どこ行ったのゴブリン包丁!」
おれは旧ケータイを持ち上げて下を確認する。
無い。
おれは旧ケータイの裏面を確認する。
無い無い。
おれは旧ケータイを振ってみる。
無い無い無い。
「あっ分かったぞ! 小さい緑の鬼って書いて
どうでも良かった。
今考えることじゃないし。
そんなことより包丁だよ包丁。
おれはシミュレーターのメニューを『あれでもないこれでもない』して探し回った。
機能が少な過ぎて探し回る余地がない。
「頼むよ〜、おれの初武器なんだよ〜。【アイテムボックス】ってどこなんだよ〜」
ヴン、と音がした。
「いやおれの【アイテムボックス】じゃなくてね。ジャージマンのが必要なの」
そう言って片手を振って消す。
公園であんなに練習した時は出なかったのに何で今出るんだよ。
「そうか、おれには必死さが足りてなかったんだ」
どうやら【アイテムボックス】は精神論で発動させるものだったらしい。
おれの眠れる真剣さや必死さが、具体的に武器に出てきて欲しいという願望と結びついてスキル発動に繋がったのだとしたら!
「ふぅー。つまりスキルの発動には具体的なイメージが必要ということだな。まったくどうかしているぜ、そんなのは昔から漫画やアニメで言及されてきたじゃあないか!」
ネイティブな発音なんて必要なかったらしい。
何ていうことはない。おれは【アイテムボックス】の外側にしか目を向けず、中身について考えていなかったのだ。
「
自分を慰めるためにそれっぽい話で締めくくることにした。
見つからなくてちょっと泣きそう。
「だがリアルでスキルが使えるようになったのは大きな前進だ。いでよ【アイテムボックス】!」
ヴン。
半身になって左手を前にかざしながら唱えると空間の揺らぎが感じ取れた。
「イヤッホウ! 完璧にマスターしちまったぜ!」
さっきまでの落ち込んだ気分を吹き飛ばすために力いっぱいガッツポーズをする。
危うくリアルでスキルが使えないままデビューするところだったと思えば、これくらい余裕で許容範囲ですしぃ。
おれは負けてない。勝ったんだ!
「何が出るかな♪ 何が出るかな♪ ってまだ何も入れてないやろがい〜」
ゴトン。
まだ何も入ってないはずの【アイテムボックス】から肉厚の包丁が出現した。
「〜〜〜〜ッ」
おれの目から涙が溢れ出るのを止められそうにない。
◇◆◇
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