✧けいダン✧〜携帯迷宮攻略録〜 おれが脱サラしたらケータイがダンジョンになったので人知れず最速でトップ探索者になるのも悪くない!

Terran.31

【ケータイ ✕ ダンジョン】

第1話 インストール




 おれは今日、ダンジョン探索者になる。


 惰性で就職した会社を辞めて、大迷宮時代に飛び込むんだ。


 そのための適性テストは合格した。

 健康診断の結果も問題なし。

 両親には粘って保証人の署名を貰ってきた。


 おれを阻む最後にして最初の関門。それは華々しくデビューすることに他ならない。


 デビュー初日の姿を永遠に記録するために、今おれは退職の挨拶と転職の報告に来ていた会社のビルの屋上で、探索者の装備に身を固めて真っ赤なマフラーを風にたなびかせている。


「自撮りナウ!」


 もちろん情熱的な色味重視のマフラーに特殊な効果はない。

 デビュー前の探索者に特殊な装備なんて期待するなよ。

 どうせ効果が無い装備なら、見た目重視にしないと人生損するぜ!


 おれはキメ顔でニヤリと笑い、自撮り。

 触るなと書かれたフェンスをよじ登って、自撮り。

 屋上の際の際まで身を乗り出して、自撮り。


 地味な会社員、仙道せんどう正彦まさひこは一昨日で卒業した。


「今日からおれはダンジョン探索者【赤青せきじょう黄緑おうろく】だ!」


 昨日は登録直前になって探索者ネームを練り直して一日潰してしまったが、もう大丈夫。

 あ、自撮り忘れてた。


赤青せきじょう黄緑おうろくだ!」


 自撮り。


 をしようと空を見上げたら、上空からまばゆい光が降ってきた。

 突然のことで気が動転したおれの脳裏に浮かんだのは、逃げるでも避けるでもなく。


(あ、この光に照らされた状態で自撮りしたらカッコいいんじゃね?)


 だった。自撮りィィッ!


「うおっ、眩しっ!」


 何秒経っただろうか。

 目がチカチカしたまま高層ビルの屋上で吹きさらしになっているのはマズイと思い直して、慌ててフェンスから降りようとしてバランスを崩す。


「あっぶねえ! デビュー前に死ぬところだった!」


 おれ、危機一髪。

 なんとか前ではなく後ろに倒れこんで墜落死を回避した。


「もう十分だよな……?」


 ヒヤリハットして冷静になったおれは落ち着いて深呼吸してから個人撮影会を切り上げ、探索者協会のビルへ向かうことにした。

 まだ午前中なので時間はたっぷりある。


「フッ。元会社員のおれは高卒の探索者と違い、時間前行動の大切さを知っているのだよ」


 風で乱れた髪を撫でつけて、装備の乱れを直す。

 おっと最後にもう一度自撮り……。


「ん?」


 ケータイが見当たらナッシング。


「手元なーし。ポケットなーし。足元なーし……」


 指差し確認は大切なのさ。

 はよ出てこいよ、おれのケータイ。


「フェンス脇なーし。風に吹かれて……なーし」


 慌てるな、まだその時ではない。

 そうと決まったわけではない。


「えっと時間は〜」


 ケータイで確認しようとして、そう言えば今ケータイ探してるんじゃん。

 よーし冷静になれ、探せば必ず出てくる。

 物は急に消えたりしない。


「いや、アイテムボックスのスキルがあれば物が急に消える時代になったんだった。そんなことより探すのにちょっと時間が掛かるかも知れない」


 ケータイで協会に連絡しようとして、そう言えば今ケータイ探してるんじゃん。

 よーし混乱してるぞ、こういう時はまず可能性を絞り込め。

 起こり得る最悪のケースから順番に消していけば案外なんでもない真実が残るものさ。


「最悪のケースね? オーケーオーケー……」


 おれは真顔になって屋上の出入口へとダッシュした。




◇◆◇




「ハイカラな原色の兄ちゃん落とし物かい?」


 ビルの一階を出た広場の植え込みを必死に探していると親切なおっちゃんが声をかけてきた。

 

「いいえ、落としてませんけどぉ? 落としてませんけど念のためですけどぉ?」

「そ、そうかい……」


 屋上からケータイ落としたかも知れないなんて言えるわけがない。

 下手したら死人が出る。

 デビュー初日に過失致死なんて見出しで有名になるのはゴメンだ。


「凄い原色の兄ちゃんこれ、あんたの探し物じゃないのか?」


 おっちゃんの手にはおれのによく似たデザインのケータイが握られていた。


「ありがとうございます!」


 ひったくるようにしてケータイを受け取り、確認してみる。

 見れば見るほどよく似ている。

 おれのケータイだった。


「やっぱり落とし物」

「違います。落としてません。置いたんです」

「植え込みの中に?」

「はい、植え込みの中に置いたんです!」


 ケータイの具合を確かめる。

 傷一つ無い。

 しかしカメラモードだったはずの画面は真っ暗になっていた。


(落とした衝撃で? いやいや傷が無いんだから落としてない。落ちてたら絶対壊れてる。壊れてないってことは落としてない。アンダスタン?)


 探してる内に時間が経っている。

 とにかく急いで探索者協会へと向かわないとならない。


「見つけてくれて本当にありがとうございます」

「今度は落とさないように気をつけな」

「落としてませんけど気をつけます!」


 おれは走るのに邪魔なケータイを鞄にしまって全力でダッシュした。



―《【Dungeon Core】now Install......》―




◇◆◇



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