第11話

{千里。俺が代わりに捜してやるよ!}

 俺は、5年前のあの日をきっかけに働いていた探偵事務所「黒薔薇」を辞め、住んでいたマンションを引き払い、新たにマンションを借りそこで小さな探偵事務所をスタートさせた。

 開設させた頃は、ほとんど依頼人が来ず、常に閑古鳥状態だったが、3年目ぐらいから、徐々に依頼人が増え始め、経営も安定してきたので、従業員を2人雇えるまでになった。

 そして、5年経った今では、最初に借りたマンションから引っ越し、立派な事務所を経営できるまでになった。

だけど、どんなに経営が安定し、生活に困る事はなくなっても…心のどこかにいまでも杏奈の事が突き刺さっていた。

「…誰をですか?」

 仕事中にいきなり掛かってきた10年前に家族を捨てた元兄(草津千明)からの電話に敬語で対応する。

{だから、お前元カノだよ? それよりなんで敬語なんだよ?}

「…元々ですけど? 今はいないだけど、1年前までは、普通に恋人居ましたけど」

 実の兄である千明からの指摘に千里は、元々ですけど冷たい態度で返事を返す。

{…お前、まだ怒ってるのか? 俺が父さんの葬式に出席しなかった事?}

 千里の父親は千里が15歳の時に癌で亡くなった。

 だけど、兄である千明は父さんと仲が良くなく、高校進学と同時に家を出て行き、父さんが癌になった時も一度も見舞いにもこず、葬式にも出席しなかった。

 だからなのか、母さんの口から父さんの葬式が終わった頃から兄である千明の名前が出る事が一切なくなった。

 それどころか、家の中から兄の物がすべてなくなった。

「…その事だったらもう誰も全然気にしてませんよ? だって…貴方は、家族ではありませんので}

{…}

 千里からのもう家族じゃない発言にさっきまでの威厳は消え、変わりに電話口から涙声が聴こえてきた。

 だけど、その涙すら千里に嘘泣きしか思えなかった。

 それでも…最後の希望を込めて

「…父さんは…ずっと待ってたんですよ? 兄さんが貴方が会いに来るのを? 母さんと一緒に。だけど、貴方は結局一度も父さんに会いに行くどころか葬式にも出席しなかった。俺は、そんな奴を家族…兄だとはもう思わない」

{解った。もう…お前の前にも…そして母さんの前にも現れない。だけど…千里最後に一つだけいいか?}

「なんですか?」

 まだ、涙が完全には止まっていないのか、声が掠れている。

{最後に…兄らしい事をさせて欲しい}

「…どうぞかご勝手に? では、僕は仕事がありますのでこれで失礼します」

{千里! 俺、絶対…}

 最後に何か言っていたが千里は気にせず電話を切った。

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