第44話
「零くん見つけた。君って足速いんだね。お兄さん。きみのこと甘く見てたよ」
「!」
一之瀬遼と月見坂伊吹を見た瞬間、殺されると脳が本能的に判断した。
それなのに一之瀬遼は、逃げた自分の居場所を探り出し、追いかけてきた。
けれど、この場所は、普通の人間は入ることが出来ない場所。何故なら、この場所は、一夜零が、現在通っている鈴凜学園中等部の敷地内。
入る事が出来るのは、学園に通っている生徒、教員、学園関係者、そして、学園が雇っている警備会社の警備員。
全員学園に入るための個人IDを学園に登録している。これがないと、学園に入る事ができない。
もし、個人IDを持てない人物が学園に忍びこんだり、入り込んだりしたら不審者とみなされ、自動的に警察へデータが送られる仕組みになっている。
けれど、零の目の前に現れた一之瀬遼は、不審者扱いされることなく零の前に立っている。
(この男、一体何者? なんで、通報システムが発動しない。この男、明らかに不審者なのに……くそ、こんな所で殺されてたまるか)
覚悟を決めて、今日買った授業で使う道具が入ったビニール袋に手を突っ込む。
買った物。
●マジック6本(黒×2 赤×1 緑×1 青×1 緑×1)
●カッターナイフ
●画用紙10枚入り
●スティックのり
●コンパス
俺は、その中からカッターとコンパスを袋から取り出した。
(この2つで殺人鬼の相棒に中学生が勝つことは、100%無理。でも、ここで自分が殺されたら両親と祖母が残してくれたお金まであいつらの元に行ってしまう)
祖母の家を飛び出し、この学園の学生寮で暮らし始めるようになって1ヵ月後。突然、手紙が届いた。
{一夜雪見さんの住宅、土地売却証明書}
この証明書を見た瞬間、俺はすべてを悟った。あいつらが祖母の家を売却し、お金に換えた。
宛先は書かれていなかったが出したのは、多分、あの日自分が啖呵を切ったあの親戚だと思う。
でも、どうやってここの住所を突き止めたのかは、まぁ、あいつらのことだ誰かに聞いたのだろ?。
(だからこそ、いまここで殺されてお金まであいつらに渡すわけにはいかない)
「ねぇ、本当かどうかわからないけど、人間って首元切られたら死ぬんだよねぇ?」
一之瀬遼の首元にカッターとコンパスの針の部分を押し付ける。
「……」
でも、相手が何も反応しないので言葉を続ける。
「おじさんがどうやってここに入り込めたか知らないけど、ここ個人IDがないと不審者とみなされて警察に通報されるんですよ。あと、ここ学校なんで生徒である自分が叫んだらすぐ警備員飛んできますよ」
「……そっちが本当のきみ?」
「!?」
無反応だった遼が急に口を開く。
突然の反応に思わず零の手からカッターが地面に落ちる。
その瞬間を見逃さなかった遼が、先に落ちたカッターを拾い、逆に零の首元にカッターを押し付ける。
「ねぇ、どうなの? どっちが本当の君?」
「……」
「無言になるって事は、正解でいいのかな?」
「……」
遼の質問に再度無言になる。
再び無言になった自分を見て、一之瀬遼は、首すじに押し付けていたカッターを首元から離し、自分に差し出してきた。
そして、零にこう告げた。
「僕達は、黒鳥さんに頼まれて君を迎えにきたんだ」
「えっ!」
その告白に、コンパスが手から地面に落ちる。
「大丈夫? コンパス落ちたよ」
零の手から地面に落ちたコンパスを拾い、零に渡す。
「……ありがとうございます」
コンパスを受け取る手が震えている。
「零くん?」
「あぁはい」
零は、遼の声に震えながら返事を返す。
「もう何もしないよ。まぁ、君がもう一度、逃げ出したらわからないけど」
「ドキ!?」
一歩後ろに下がる。
(まさか、黒鳥さんもやばい人? だったら俺、今度こそ殺される。だって、自分の生い立ち全部話したから。どうしよう。やっぱりをここで……)
返して貰ったカッターを力強く握りしめようとした瞬間、
「……やめた方がいいよ。君に俺は、殺さない。そんな事したらそれこそ、交通事故で亡くなった君の親御さんも悲しむし、親戚にお金全部没収されるよ」
遼の口から、黒鳥にしか話していない自分の生い立ちが飛び出てきた。
「どうして、あなたがその話を知っているんですか?」
「社長に君が電話でその話をしている時、偶然自分もその話を訊いていたんです。社長に報告書を届ける為に」
「そうだったんですか? だったら、自分の生い立ち知っていてもおかしくありませんねぇ。ならここであなたを殺しても意味ありませんね」
カッターとコンパスを袋に戻す。
「このままここに居ると本当に通報システムが発動してしまいますから、自分の部屋に来ませんか? 学校から特別にバイトをする許可を貰ったいるので、寮の部屋も他の寮生に迷惑が掛からないように一番奥の部屋にして貰ったんです」
「じゃ、行こうかな?」
遼は、零の提案を受ける。
「行く前に、名前なんて言うですか?」
「あぁ、そう言えば自己紹介してなかったねぇ。俺の名前は、一之瀬遼。で、一緒にいた片目を髪で隠した男性の名前は、月見坂伊吹。あんな姿してるけど、あいつは優しくていい奴なんだ。これを本人の前で言ったら怒られるけど……」
「一之瀬さんは、彼の事が好きなんですねぇ」
「好きかな? 相棒だし」
(……相棒)
十三歳で全てを失い、一人で生きて行こうと決めた零には、憧れにも絶望にも聞こえる響き。
「相棒」
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