第30話

鈴蘭水族館駐車場 11時

「はぁ…全く朧の奴、こっちの苦労も知らないで」

 ○○と幸也との電話を終え、朧達の元に戻ろうとしたら朧と翔吾の会話がインカム越しに聴こえてきた。

『おい! バカな話はいいから! 早く……いやぁ? お腹すいたからなんか買ってきて!』

 零は、その会話に割って入り、朧に駐車場に戻ってこいと一方的に伝える、そのまま車を止めている駐車場に向かって歩き始めた。

 そして、駐車場に到着した零はカバンの中から予備のキーを取り出し車の鍵を開け、車内に乗り込むと、依頼人に会う為に着替えたワンピースを脱ぎ捨て、スーツケースの中からダーグブラックのスーツを取り出し袖を通す。

「やっぱり、こっちの方が落ち着く。おっと! こいつを忘れた」 

 ジャケットのポケットから紺色の眼鏡を取り出し掛けた。

 ※零は、視力はいいのでこの眼鏡は伊達眼鏡だ。

「まぁ? いいかあのバカの事は。それより問題は…」

(俺がいない間の幸也の護衛だ! 例えあの人でも、自分から頼んできた仕事中には手を出してはこない……はず。でも…)

 けど、もしもの事を考えて●●に、幸也の護衛を頼むことにした。

 但し、これから電話を掛ける相手の事は、零は余り好きではない。寧ろ、苦手タイプだ。

 しかし、幸也の命は代えられないので、覚悟を決めて表の携帯で電話を掛ける。

『もしもし』

 電話の相手は、ワンコールで零からの電話に出た。

「●●さん! お久しぶりです。一夜です。すみません、今お時間大丈夫ですか?」

 零は、電話に出た●●に向かって自分の名前と急に電話した事を謝罪する。

『大丈夫よ。ってか? 零ちゃんから私に電話をくれるなんて初めてじゃあない? どうしたの?』

 零の事をちゃん付けで呼ぶのは、零の亡くなった母親と祖母以外では、この人だけ。

 零の関係者は零の事を、「一夜」か「零」のどちらしか呼ばない。

 まぁ? 偶に例外として玲子さんと呼ばれる時もある。勿論、これは、女装の時限定の呼び名。 

「●●さんにお願いしたい事があるんです」

『お願い事?』

「はい! ●●さんにある人物の護衛を頼みたいんです」

『いやぁいやぁ? わたしなんかより…』

 ●●は、零が blackBart で探偵を知っている事を知っている。

 零や●●が身を置いている裏社会(鈴蘭商店街路地裏)では、住人同士の喧嘩が日常茶飯事。

 それでも、表の住人は、一切手を出さない。

 もし、手を出した場合は…死あるのみと言う。

 なんとも恐ろしいルールのおかげで表の住人に手を出そうとする愚か者はほとんどいない。

 しかし、手は出さないが、ルールの隙をついてちょっかいを出そうとするおろかな輩が何人かはいる。

 そんな輩から、鈴蘭商店街の住人及び、その近辺の住人を護る為に、結成されたのは警護隊だ。

 警護隊の仕事は、その名の通り住人の警護と護衛。

 そして、警護対象に危険が迫った時は、その人物に攻撃することができる。(但し最終警告に応じなった場合のみ)

 しかし、警護隊こと及び誰がその警護隊の一員なのか裏社会の住人には秘密にされている。

 その理由は…

「●●さん!」

『はははははい!』

 突然零に大きな声で名前を呼ばれ、●●はびっくりして声がおかしくなる。

「●●さん! 俺は、正直言って貴方の事が苦手です! いやぁ? 大嫌いです! でも、貴方が、警護対象をなにがあっても護り切るその気持ちだけは、先輩として唯一尊敬できます」

 零は、●●先輩のことが苦手、いやぁ性格的に受け入れられない。

 けど、身を挺して相手を護り切るこの気持ちだけは、自分には決してできない。

 零は、音風幸也とそして血は繋がっていないが、兄(同い年)と慕う清水恭弥、この二人の事しか事実上信用してしない。

 なので、●●みたいに自分の身を挺してまで他人を護ろうとは思わない。

 けど、幸也の護衛を頼むならこの人以外に適任者はいない。

『…零ちゃん?』

「はい」

『…零ちゃんは、私のこと好きじゃあないんだよねぇ?』

「…はい嫌いです。でも、貴方の警護隊と…」

『…零ちゃん。零ちゃんが私に護衛…いやぁ近づいたのって…私が…初代 judge(審判)こと、海月梓だからだよねぇ?』

「……はい」

 零は、見習いから先輩補佐に昇格してから、裏社会内での人脈を広げる為、先輩のうしろついて裏社会の色んな人と交流を持ち、その中で本当に信用できる人間と交流関係を広がっていった。

 そして、出会ったのが警護隊の隊長をしている●●さんだった。

 でも、まさか彼女が元 judgeだとは思わなかった。

『そこは否定しないんだ…けど、なんとなくそうじゃあないかとは思ってた。だって、余程の物好きじゃあない限り、15歳のただの子供が私と友達になりたがる訳ないもん』

「ありがとうございます」

『褒めてないから』

 ●●は、2年前始めて零と会った時、彼の雰囲気に何故か恐怖を覚えた。

 そして、すぐさまこの子は普通ではないと感じ取った。

「流石、皆から恐れられてたもと悪魔の審判者だけはありますねぇ」

『……ありがとう。けど、もうその名前で呼ぶのやめて。いまの私は、judeg でも悪魔の審判者でもなく、ただの●●だから』

 judge時代の●●(初代海月梓)は、全ての感情を消し去り、裏社会の暗黙のルールを破った不届き者を容赦なく成敗していた。

 しかし、5年前突然彼女は、judge の座を当時交際していた黒鳥恭輔に譲ると、忽然と姿を消した。

「そうでしたね? いまの貴女は、鈴蘭商店街及びその近辺に住む住人を護る、警護隊の隊長ですもんね?」

『…零ちゃん。私は、今の仕事に誇りを持ってるの。だから、零ちゃん。貴方が本当に私に護衛を頼みたいなら、隠していること何もかも全部話して』

「隠している事? なんのことですか? 俺はただ、貴方に護衛を頼みたいだけですよ?」

 図星を突かれて言葉を一瞬詰まりそうになるが寸前の所で堪える。

『…嘘! 零ちゃんは、私なんかに護衛を頼まなくても、貴方がピンチになったら裏人格のゼロが強制的に表に出てくるでしょ? それなのに、私に護衛を頼んでくるってことは、何かあったんでしょ? 言いなさい! いったい何をやらかしたの!』

 ●●は、零が仕事で失態を犯したと思っているのか、なにをやらかしたのか話すよう零を急かす。

 しかし…聞えてきたのは、彼女が最も知っている言葉だった。

「…私は、ずっと貴方の一番で居たかった。けれど、貴方は私じゃあない別の人を一番に選んだ。だからねぇ? 私が、貴方の一番を奪ったらまた私が一番になれるのかな?」

『零ちゃん! まさか……』

 恭輔君が……零ちゃんを殺そうとしている。

 ●●の言葉に、最悪の可能性が頭をよぎる。

「黒鳥さんは、俺の命の恩人です。彼がいなかったから、間違えなく今の自分はいません。勿論、そのことは感謝しても感謝しきれません。だけど、幸也のことは別です。あいつは俺の大事な友達なんです」

『……零ちゃん』

 その言葉にはきっと嘘はない。

 そうこの子は、私が知っている一夜零ちゃんは……

「でも、●●さん。貴方にとってはそうじゃあない。それに……」

『……零ちゃん。幸也君のことはわたしに任せて!』

「●●さん!」 

 断れると思っていた零は、●●の言葉に驚きながらも●●の名前を叫ぶ。

『でも、零ちゃん! 私の方からも一つ訊いていい?』

「なんですか?」

「貴方の相棒の…えっと』

「朧ですか?」

『そう! その朧君は、その…知ってるの?』

「何をですか?」

『だからその…幸也君のこと?』

 もし、零ちゃんが相棒である朧に、協力者の事を話していたら、零だけではなく、彼まで恭輔君に処分されてしまう。

「知ってますよ! なんなら、朧も俺に黙って幸也のこと調べてましたから!」

『ぜぜぜ零ちゃん? それって大丈夫なの?」

 もしも、その話が本当なら、彼にも危険が及ぶ。それなのに、全く気にする様子がない零に、●●の方が不安になってきた。

「…大丈夫ですよ! それに社長は、朧のことはなにがあっても絶対殺しませんよ! もし、社長が俺のことで朧を殺そうとしたら、野口先輩が社長を殺しますから」

『どういう事? その……野口先輩は、貴方の相棒の、なんなの?』

 ●●はどうしていまここで、野口一の名前が出てくるのか、電話越しで首を傾げる。

 野口一は、恭輔君の所の実質的№3であると同時に、裏社会の住人からは、ハンターからと呼ばれ恐れられている。

 そんな人物が何の価値のない零ちゃんの相棒を身を挺して朧を護るのか? ●●には解らない。いやぁ絶対ありあえない。

「……血の盃を交わした実の兄弟です」

『えっ? 血の盃! なにそれ! ってか? 純也君はなんで止めなかったの?』

「……」

『零ちゃん?』

 急に黙り込んでしまった零を心配して、●●が呼び掛ける。

「その人は、もうこの世にいませんよ? ●●さん。貴方は、社長にjudge の座を明け渡した1年後に、裏切り者として社長に射殺されましたよ! あぁ! 相棒が帰ってきたので失礼します」

『……』

 零は、●●にそう告げると、一方的に電話を切り、社外に向かって大きな声で叫んだ。

「いま開ける!」

※ 零達が仕事で使う車は、中の会話が、外に漏れないように防音。

 そして、窓も外から中の様子が見えないように前後の窓以外全て、マジックミラー。

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