デスゲームにありがちな爆発する首輪職人の朝は早い

悠戯

デスゲームにありがちな爆発する首輪職人の朝は早い


 皆さんはデスゲームという言葉をご存知だろうか?

 漫画やアニメ、映画など、昨今のエンターテイメントを人並み程度に嗜んでいるなら、もはや知らない人のほうが少ないかもしれない。まさに読んで字の如く、参加者が己の生死をチップとしてゲームをする、といったものである。


 例外は多々あるものの定番の「型」としては、閉鎖された空間、無人島や大きな建物、SFやファンタジーの要素を含む作品であれば、わざわざゲームの為に用意された異空間など。そういった脱出不能の場所を舞台とすることが多い。

 ゲームに勝ち残れば生き延びることができる。

 それは前提として、いわば副賞品として莫大な金銭や高い社会的地位を得られたり。神や悪魔など超越的な上位存在が催したものであれば、どれほど荒唐無稽な願いでも思いのまま、なんてことさえある。

 残念ながら、そうしてチラつかされた副賞品エサが疑似餌である、つまりは最初から渡す気もなければ生きて返すつもりもない。ただ参加者を惑わす為の演出だった、なんて意地の悪いオチもあるのだけれども。



 ゲームを主催する側の動機もまた様々であるが、よくあるケースとしては――。

①人が生き死にを巡って協力する、あるいは醜く争う様子に愉悦を覚える性癖である。

②主催者がゲームの参加者に対して深い恨みを抱いており、ただ殺すだけでは飽き足らず、心身の両面からより苦しませて復讐心を晴らす為にデスゲームという手法を利用する。

③ゲームそのものが賭博の対象であり、誰が勝ち残るかを予想する顧客を相手に金銭を稼ぐ興行目的である。これについては上述の①と兼ねている場合が多いだろうか。流石に純粋な儲け目的であればいささか効率が悪いように思えるが、趣味と実益を兼ねているからこそどうにか成立するのだろう。



 舞台、動機、そのいずれもこうして大まかにでもパターン化が可能なほどに、デスゲームというジャンルは人気を集め、その需要に応える形で様々な媒体で数多くの作品が生み出されてきた。あまりに数が多すぎて食傷気味になるとか、残酷な描写がつきものゆえに人を選ぶ側面が強いのは否定できないにせよ、強烈に人を惹きつける魅力があるのはもはや自明であろう。



 さて、舞台や動機以外にもパターン化が可能なものは他にもある。

 たとえばゲームを円滑に進めたり、想定外の形で参加者が脱走するのを防ぐための小道具。そんな小道具の中でも、特にメジャーな物のひとつが爆発物を内蔵した首輪である。

 爆発するのが腕輪や足輪ではなく首なのは、やはり爆発した後で生存している可能性を潰すためだろう。もちろん手や足でもタダでは済まないにせよ、輪っかのサイズを考えれば内蔵できる爆発物の量は自然と制限される。肉体の頑強さや応急処置によって助かる可能性を減らすなら首に限るということだろう。位置的に視線が届きにくく自分の手で取り外しにくいのも好都合だ。


 爆殺ではなく、金属のワイヤーによる絞殺や注射針からの毒物の注入。刃物が飛び出してきて頸動脈を切断するなど、これまた多数の派生パターンがあるわけだが、その中でも爆発する首輪が特に多用される理由は、恐らく視覚および聴覚的刺激の派手さ。つまりは画面映えがいいからだろうか。

 首輪の内側で注射針が刺さって毒液でバタリ……よりは、ドカンと派手に爆発したほうが見栄えがいい。デスゲームを興行としている場合なら観客の盛り上がりどころのひとつとなるだろうし、近くにいた参加者が恐慌状態に陥って面白い行動に出る可能性も上がる。一見すると荒唐無稽なアイテムに見えて、これはこれで中々の合理性があるわけだ。



 そんなデスゲームにありがちな爆発する首輪。

 もちろん、そんな都合の良い小道具が自然に湧いて出てくるはずもないから、どこかの誰かが作っているわけだ。爆発物に対する知識は当然として、遠隔操作や時限式での爆発を可能としたり、参加者の位置を特定する発信機や会話を聞くための盗聴器。そうした諸々を仕込んで動き回るのに支障がないサイズに収めるとなると、素人考えでも簡単な仕事ではないのは自明。


 万が一、ゲームに負けた敗者の首輪が爆発せず不発に終わったり、運営側が狙ったのとは別の参加者が爆死したり、最悪居場所を見失って逃走されたら興醒めもいいところ。デスゲームにありがちな爆発する首輪職人は、そうした重大な責任を背負っているのである。





 ◆◆◆





 某年某月某日。

 某県某所にある某工場にて。



「やっぱり、お客さんの笑顔にやりがいを感じますね。もちろんお金も大事ですけど、私の作ったデスゲームにありがちな爆発する首輪で楽しいゲームになったって言われるのが一番嬉しい瞬間ですよ」



 インタビュアーの質問に答えているのは、この工場の経営者兼職人である首塚太郎氏(53)。カメラ慣れしていないのか緊張していた様子だが、その笑顔に曇りはない。



「以前は、この工場でオモチャを作っていらしたとか?」


「ええ。とはいっても大手のメーカーさんが作るような、人気のアニメや特撮関係の仕事に噛めるような規模の会社じゃないですからね。昔ながらのベーゴマとかメンコとか木彫りの人形、駄菓子屋で売ってた爆竹なんかもやってましたね。先代の頃から貧乏暇なしを地でいく自転車操業ばっかりでしたけど、それでもたまに子供さんからのお礼の手紙が届いたりすると嬉しくってね。今でも全部大事に取ってありますよ」


「ははぁ、でも、それがなんでデスゲームにありがちな爆発する首輪職人に転身を? 少々意外な印象があるのですが」


「やっぱり不況の影響が大きいですね。それにほら、今の子はオモチャといえばまずテレビゲームでしょ? ウチが作ってたみたいな古臭いオモチャはどんどん売れ行きが落ちちゃって。雇いの職人さんやパートさんにもお給料払わなきゃいけないし、あの頃が一番苦しかったですね。正直、夜逃げや首吊りまで考えましたもん」



 当時を思い出したのか首塚氏の表情には苦々しいものがよぎる。



「でも作る物は変わっても、今もこうして工場は動いているわけでしょう? そのあたりの経緯をお聞きしても?」


「ええ、まさに地獄に仏ってやつですわ。資金繰りにあちこち走り回ってたある日、いきなり仮面さん……あ、いや、本当の名前は知らないんですけど、おかしな仮面で顔を隠してるもんだから私やパートさん達が勝手に仮面さんと呼んでるだけなんですけどね。その人が訪ねて来られまして。それで例のデスゲームにありがちな爆発する首輪を作ってくれって言ってきたんですよ。しかも豪気なことに請けてくれたら全額前金で払うって気前の良さで。もう一も二もなく飛びつきましたねぇ」



 仮面さん。話の流れから考えて、その人物がどこかしらで開催されているデスゲームの主催者、もしくはそれに近しい人物なのだろう。



「それで作る物を変えて工場の経営も息を吹き返したというわけですね」


「ええ、本当に仮面さんには足を向けて寝られませんわ。ま、どこに住んでるかは知らないんですけど」


「それで肝心の首輪作りのほうはどうだったんですか? スタッフには手先の器用な方々が揃っておられたわけですし、最初から順調に?」


「まさかまさか! そこからが大変でした。なにしろ電気で動くオモチャなんてほとんど誰も作ったことがなかったんですから。一人だけシゲさんが、ああ、ウチの職人さんでも一番の古株で先代の頃からいるお爺さんなんですけどね、その人が電池を入れると光るロボットのオモチャを作ったことがあるって言うもんだから、その時の記憶を頼りにどうにか電池で動く試作品を作ってみたんですが、これがもう大失敗で」


「あらら、大失敗ですか」


「ええ。試作品を見てくれた仮面さんも、単一電池を四つも入れないと動かないんじゃ使い物にならないって」


「単一を四本はたしかに首が重そうですねぇ」


「ははは、その時の仮面さんもまるで同じ風に言いましたよ。火薬のほうも倉庫に眠ってた爆竹用のをそのまま使ったんじゃ丸っきり威力不足で」



 最初の試作品は大失敗。

 しかし、それでも首塚氏と工場の皆は諦めなかった。



「それからは、もう勉強勉強の毎日でしたね。借金を返した残りのお金で電子回路や化学ばけがくの本を買い込んだり、図書館に通い詰めたり。スタッフの皆で朝から晩まで勉強会をやってねぇ。若い頃の大学受験よりも必死でしたよ」


「なるほど、デスゲームにありがちな爆発する首輪の完成までには並々ならぬ努力があったわけですね。完成までどれくらいかかったんですか?」


「何度も試作を重ねて、もう試作七十号は越えてたかな? 時間は一年半くらいかかったと思います。いや、今思えば仮面さんもよく見放さずに付き合ってくれましたよ。資金が足りなくなったら二度三度と追加で出してくれて。あの頃はもう全員意地になってましたね」


「ははは。でも、それでようやく完成したわけですね?」


「ええ、ようやく完成した日はもう散々飲み明かしましたよ。打ち上げをやってた近所の居酒屋に仮面さんも顔出してくれまして、こう、仮面を半分上にずらして飲みながら朝まで付き合ってくれまして」


「なるほど、いいお話です」



 デスゲームにありがちな爆発する首輪の完成までには並々ならぬ努力があったようだ。日の当たらない裏方仕事ではあるが、一見派手派手しいデスゲームの舞台裏はこうした地道な頑張りによって成り立っているのである。



「で、モノが完成したわけだから当然デスゲームで使うわけだ。工場での試験は何百何千と繰り返しましたけど、やっぱりその時は不安でね。もし本番で不具合でもあったら、こっちの腕を信じて任せてくれた仮面さんを裏切ることになる。そこが一番心配でした」


「でも、今もこうしてデスゲームにありがちな爆発する首輪作りのお仕事を続けてらっしゃるということは、ちゃんと成功したんですよね?」


「ええ、成功の連絡を受けた時はホッとしましたね。しかもお客さんが……ああ、デスゲームを見物してるお金持ちの人達らしいんですけど、その人達がウチの仕事ぶりをずいぶん褒めてくれたみたいで。ありがたいことに次回以降のゲームで使う分とか、あとは仮面さんのトコとは別口の業者さんからも定期的に発注が入るようになって、おかげさんでこれまでなんとかやって来られてます」


「首塚さんやスタッフの皆さんの確かな仕事が評価されたということですね」


「ええ、職人冥利に尽きるってものです」



 職人にとって自らの腕を評価されるほど嬉しいことはない。

 口ぶりは謙虚ながらも首塚氏の表情には確かな自信が漲っていた。



「では、最後に皆さんの一日のスケジュールを伺ってもよろしいですか?」


「ええ、とはいっても地味なもんですが。始業は朝の八時半ってことになってますが、私はこの工場のすぐ隣に住んでますんで。家内の作った朝飯を食べ終えた六時半頃から工場に来てますね」


「始業より二時間も早くですか。そんな時間からどのようなお仕事を?」


「大体は道具の点検と掃除ですね。もちろん他の皆も綺麗に使ってくれとるんですが、先代の、ええと私の親父から叩き込まれた習慣でして、上に立つ者は工場の隅々まで良く知ってなきゃいかん。その為には自分の目と手を動かして掃除するのが一番だって。あとは時期によっては雨漏りやら調子の悪いエアコンやらを直したり。まあ大体そんなとこですな」


「ははぁ、社長さんが率先して働くことでスタッフの模範となるわけですね」


「いえいえ、そんな恰好いいものじゃありませんけどね。んで、そういう朝の仕事が終わった頃に他の職人さんやパートさんが来ますんで。朝礼で今日も怪我がないよう気を付けましょうとか、誰々さんが家庭の用事だとか風邪引いてお休みですとか伝えまして、それから各自の仕事に移る感じで」


「デスゲームにありがちな爆発する首輪工場という割には、なんだか普通の会社みたいですねぇ」


「ええ、普通も普通ですよ。なんにも派手なことなんかありません」



 取材班が工場内を見渡してみても、作業に従事しているのはごく普通のおじさんやおばさん。あるいはもう少し年がいったおじいさんやおばあさん。若者の数が少ないのは昨今の少子高齢化社会の影響だろうか。



「で、十二時から一時間お昼休憩を取りまして、私はお昼を食べに一旦帰宅します。他の人はお弁当とか近くの定食屋や立ち食い蕎麦屋に行ったりして。それで午後の一時から終業の五時までまた午前中と同じようにってな具合です。普通すぎて聞いててつまらなかったでしょう?」


「いえいえ、大変興味深いお話でした。むしろ普通っぽいのが逆にデスゲームにありがちな爆発する首輪作りのリアルを感じられるというか」


「ははは、よく分かりませんが満足いただけて何よりです」



 以上で今回の取材は終了。

 どこかの誰かが作っているという当たり前のことさえ見落とされがちなデスゲームにありがちな爆発する首輪であるが、その製作の裏側にはこうしたドラマが隠されているのである。



『DHK(デス・エイチ・ケイ)教育テレビ。番組アーカイブより抜粋』



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