LeliantⅣ ~精霊が求めたもの~

副島桜姫

序章

序章


 ――足音が近づいてくる。

 王族の私室区間は、侵入者が潜みにくいように足音が目立つ構造になっている。

 なので、かなり前から近づいて来ているのは分かる。


 自分の私室で、病衣姿の第二王子――ユージーンは、静かに覚悟した。

 やがて――近衛騎士にも誰にも止められることなく、一人の少女が乱暴に扉を開く。

 愛らしい少女だ。見た目だけは。


 年相応の身長に短い金髪。身体つきは細めだ。

 青い双眸には――この上ない怒りが宿っている。


 次の瞬間――高いヒールを履いているはずなのに一瞬で距離を詰め、ユージーンを殴り倒し後ろの本棚に叩きつけた。

 貴重な古書が、ばらばらと落ちる。


 ――やっぱり、平手では済まなかったか……。

 いや、平手だったら首が捻挫していたかもしれない、と思い直す。


 追撃を覚悟したが、それはなかった。

 ヒールを使われなかっただけ、僥倖だろう。


「気は済んだ?」

「済むわけないでしょ!!」


 彼女に逆DVを受けるのには慣れている。上手く受け身を取ったユージーンが問うと、彼女は捲し立てる。


「聞いてないわよ! 何でそんなこと――」

「こうするしかなかった。義父上も居ない」


 その一言で、彼女の表情が固まる。


 彼女の父――フォルスワーム大将軍が名誉の戦士を遂げたのはつい最近だ。

 敵将軍と相討ちした。

 敵軍を退けることには成功したが、それも一時的なもの。敵将など、いくらでもいる。次はもっと強い軍が来るだろう。


「リリア。紹介するよ」

 ユージーンが言うと、傍らが歪み人の形に結像する。

「僕の知略の精霊……リュシオスだ」


「売国王リュシオス……」

 リリアが呟いたのは、有名な逸話の登場人物だ。

 リュシオスという王が、国の危機に恋人を取り国を放棄し、国は滅んだ。王族としてあるまじきことと、反面教師として教えられる。


「本人が言うには、その売国王らしいよ」

「大丈夫なの? そんな曰くつき、信用できるの?」

「降りたのが彼だから変えられない。それに、僕を裏切ることはしないそうだ」


 精霊の声は、精霊憑き本人にしか聞こえない。

 それよりも、ユージーンにはリリアの反応で気になることがあった。

「驚かないのかい? 人型の精霊だよ」

「びっくりしてるけど……あなたへの怒りのほうが上なのよ」


 ユージーンは、次の攻撃が来ても受け身を取れるように身構えた。同時に、リュシオスに次の攻撃を聞く。

 だが、リュシオスはこれ以上の逆DVはないと答えた。


「どうして精霊憑きになる儀式なんてしたの!? 普通死ぬのよ!?」

「向こうに精霊憑きがいる以上、無謀でもするしかなかった」

 きっぱりとユージーンは答える。


 精霊憑きは、多くが先天性だ。だが、研究で後天的に精霊憑きになる方法が開発された。

 ――成功率は極めて低く、多くは死亡する。


 敵軍の精霊憑きは、先天性の皇女だ。血筋が良い分、能力も高い。

 王太子の姉、第一王子の兄、ユージーンは末子だ。居なくなっても国に影響は少ない。

儀式をするならユージーンしかいなかった。


「捨て駒にされたのよ!?」

「王族に産まれた以上、当然だよ」

 ユージーンは、怒り狂う4つ年上の婚約者をまっすぐ見つめる。


 事前にリリアが知っていたら、兵士や騎士を全て重傷にしてでも儀式を邪魔してきただろう。


「知らない!」

 去っていったリリアを追いかけることもなく、ユージーンは病衣を脱いで王族服に着替えた。



◆◇◆◇◆


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