第64話
「……上代さん、どうしてるかな……」
中庭の横を抜け、校門にほど近い場所にある焼却炉へと向かう途中で、瀬尾さんのぽつりとした声が聞こえてきた。
さすがに一緒に持つのは恥ずかしかったので、抱きかかえるようにしてごみ箱を運んでいた僕は、横を歩いていた瀬尾さんの方を首だけ動かして見やる。そうだろうとは思っていたが、やっぱりしゅんと落ち込んだ表情を見せていた。
今日の瀬尾さんのしっぽは、アライグマがモチーフらしい。黒と茶色のしましま模様で、ここ数日の中で一番短い。そのアライグマ風のしっぽも、心なしか持ち主と同じようにしょんぼりとしているように見えた。
瀬尾さんとそのしっぽのそんな様は、何だかひどく落ち着かない。転校初日に見せてくれたような、とびっきり明るい表情の方が何より似合っているのに……なんて思ってしまい、慌てて僕はぶんぶんと首を横に振る。そして、瀬尾さんがそんな僕に気付いてしまう前に急いで言葉を紡いだ。
「上代さんなら、特に落ち込んでる様子もなくて普通にテストを受けてたって遠藤先生が言いに来てくれてただろ? そのうち、けろっとした顔で教室に戻ってくるよ」
「……」
「もうそんなに気にする事ないって。上代さん、そこまでヤワじゃないから」
「……何で分かるの?」
「上代さんとは小学校からずっと一緒だからな」
僕が知っている限り、上代さんは本当にそんなヤワじゃない。小学校の低学年の頃なんか、クラスで一番のやんちゃな男子としょっちゅう口ゲンカをしていたが余裕綽々で言い負かしていたし、勉強や遊びでも弱い部分を見せる事なく、友達をぐいぐいと引っ張っていくタイプだった。唯一やる気を見せなかったのは、音楽の授業だけだ。いつも歌ったり演奏したりするふりばかりだった。
「そっかぁ。いいなあ、上代さん……」
ふいに、瀬尾さんがそう言った。
「上代さんは、ずっとキヨ君と一緒だったんだ。私なんかより、ずっと幼なじみっぽい」
「そこまで甘酸っぱいもんじゃないよ。ただずっと同じクラスだったってだけで、特に親しくしてた訳じゃない」
全く見も知らない赤の他人って訳でもないが、友人と呼ぶには程遠い。知り合い未満が妥当といったところだろう。ゆえに、瀬尾さんが上代さんを羨む必要なんかどこにもないのだが、だからといってこのままほったらかしにし続けるのは父さんと同じく卑劣な行為なんじゃないかとも思えた。
……瀬尾さんが女子達に責められても、井上君みたいにとっさに助けに入れない僕が、何を偉そうに。でも、これ以上瀬尾さんの暗い顔を見たくなかった僕は、持っていたごみ箱をさらに高く持ち上げて抱え直すと、パーテーションのように顔を隠しながら言った。
「……よかったら」
「え?」
「瀬尾さんさえよかったら、謝りに行くの付き合うけど……」
「……いいの、キヨ君!?」
瀬尾さんの、心底安堵したかのような息の漏れる音が聞こえてきたが、余計に恥ずかしくなってしまった僕は、ごみ箱のパーテーションからなかなか顔を出す事ができなかった。
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