プロローグ
第1話
この日、ある一人の青年はひどく困惑していた。
彼の職業はパティシエである。専門学校を卒業して二年、特に超有名という訳でもなければ、閑古鳥が鳴いてばかりという訳でもない中規模程度のスイーツ専門店に就職している。
品数も決して多いという事はないが、ご近所の皆様方に愛されている心地のいい店だと彼は思っている。雇い主であるオーナーも厳しくも優しく指導してくれるし、そんな人の下で修業させてもらえるのは本当にありがたい。だからこそ、いつかは自分の店を持って、オリジナリティ溢れるスイーツを作る事が、もっぱらの夢だ。
だからこそ、こうして休日はいろんな所に出向いて、自分の中で理想としている材料を探して回り、自宅にて試作品を作っているのだが、ついにこの日、彼は探し求めていた最高の材料を見つける事ができた。
彼はひどく興奮した。最高級の品質なのに、値段はひどくお手頃。生産者のたゆまぬ努力と良心が垣間見える絶品である。これならオーナーも納得して、新しいメニューの材料として検討してくれるに違いない。
そう考えた彼は、善は急げとばかりに財布の中身をほとんど空にする勢いでその材料を買い付けた。そして意気揚々とそれを持って帰宅しようとしたのだが……如何せん、買い過ぎた。重い、重すぎるのだ。
パティシエとして、まだまだ一人前とは呼べない彼はバイクや車の類を持っておらず、しかも買い付けた店まではバスで来てしまった。こんな大荷物を持って帰路のバスに乗り込むのは少々恥ずかしいし、かといってタクシーを使えるほどの金はもう残っていない。
どうしよう。バカかお前はと笑われる覚悟で、オーナーに迎えに来てもらえるよう電話してみようかと彼が一瞬悩んだ時だった。視界の端に、一軒のコンビニが見えたのは。
渡りに船だと安堵した彼は、材料の入ったダンボール箱をよっこらしょと抱えながら、そのコンビニに入った。このまま、うちの店まで郵送してもらおう。同じ市内だから千円と料金はかからないはずだし、タクシーを使うよりはずっと安上がりだ。オーナー、喜んでくれるといいなあ……。
ここまでが、青年がそのコンビニのレジ前に立って困惑するまで、わずか二分前の事である。
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