第64話

「……LINEを交換してただぁ?」


 数日後。頬の腫れや青アザが完全に引いた頃を見計らったかのように、拓海のスマホに笙からの着信が届いた。おそらく大学のキャンパス内からかけているのだろう。笙の声に混じって、浮かれた若者達のざわめくそれらまでスマホのスピーカーから漏れ出ていた。


『はい。あいつの方から是非にと言われて』

「何だって、そんな真似を」

『聞きたい事があるからって言ってましたよ』


 だから、次の日曜に会う約束しちゃいましたと、笙は告げる。思わずスケジュール帳を確認してみれば、その日は元より拓海の公休日。はかりやがったなと思わずにはいられなかった。


「まさか、恩をあだで返されるとは思わなかった」


 ため息混じりに、拓海は言った。


「あいつにしゃべったな? その日、俺が公休だって事」

『うっ……』

「前に、俺の個人情報をベラベラしゃべる訳ないとか豪語してたのは、どこのどいつだったっけなぁ……?」

『い、いや! だってあいつ、すげえ必死だったっていうか! 前と同じくらい、しつこく聞いてきたんですよぉ!』


 そう口火を切ると、笙は情けない声色で弁解を始めた。


 あの日、拓海が智広のスマホを使って松永に連絡し、そのまま更衣室から出て行った後の事。智広はまだふらつく体を懸命に押して起き上がると、笙にこう切り出したのだという。


「笙さん、でしたっけ……。あなた、さっき兄さんの弟分だって言ってましたけど、どうやってそうなれたんですか? よかったら、教えて下さい。僕は、ちゃんとした弟になりたいんです。兄さんの、家族になりたいんです……!」


 そのあまりにも必死に懇願してくる様に、何だか胸が痛んだのだと笙は言った。


『何か俺、金持ちの奴らに対するイメージ狂わされちゃいましたよ。だって、ああいうセレブな奴らって何でも持ってるし、何でも思い通りにできるって感じするじゃないっすか? なのにあいつ、あんだけ必死に拓海さんの事を知ろうとしてて、何か可哀想になってきちまったんすよ』


 可哀想。その単語に、拓海の眉間にしわが寄った。


 どこが可哀想なものか。多少父親に抑圧された人生だったかもしれないが、今ではそれからも解放されて、自分の好きなように生きられるはずだ。なのに、何でこれまで会う事もなかった俺ばかりに固執する? 可哀想と言うより、大バカ野郎という方が似合いだと思った。


「好きにしろよ」


 拓海がスマホに向かって言った。


「是非にと乞われたのは、お前だ。二人で会って、また何かうまいもんでもおごってもらえ」

『いや、それがですねぇ。さっきLINE来たんですよ。あいつじゃなくて、あの松永っておっさんから……』

「は?」

『拓海さんも来るようにって言われました。だから電話したんっすよぉ』


 あのおっさん怖いし、俺一人とか無理っす! 断らないで下さい、マジお願いします! と何度も何度も言われてしまい、拓海は頭痛を抱えながらも了承する他なかった。

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