第77話
「あ……!」
思いがけず、大きな声が出てしまった。その声が、墓石の前にいる人影にもしっかり届いたみたいで、ぱっと驚いたような顔がこっちに向けられてくる。先日、僕が芳名帳に記されていた連絡先を頼りに呼び出した相手――今野みゆきだった。
「……おはようございます」
僕が来た事に気付いたみゆきさんが、一瞬声を詰まらせた後でゆっくりとあいさつしてきた。僕も少し間を空けてしまったが、それでも何とか同じように「おはようございます」と返した後で、できるだけ歩幅とスピードの調子を変えないようにしながら墓石へと近付いていった。
きっとあの雑貨屋で買い求めてきたんだろう。墓石には色とりどりの花がセンス良く活けられていて、掃除もしてくれていたのか、しゃがみこんでいるみゆきさんの足元には霊園の区画ごとに用意されている手桶やひしゃく、タオルまであった。
「……ここの場所、ちゃんと分かりましたか?」
僕の方が遅れて来てしまった事がちょっと悔しく、それを悟られまいとまずはそんな事を口にする。案の定、みゆきさんはそんな僕の焦りに全く気が付いてないようで、「大丈夫」と答えた。
「電話では、分かりやすく教えてくれてありがとう。おかげで一度も迷わずに来れたし、お姉さんにあいさつする事もできたから」
「そうですか」
姉さんにあいさつ……? 努めて冷静に、できる限り穏やかに話をしようと思っていたのに、みゆきさんのそのひと言に大人げなくカチンと来てしまった。今日でまだ会うのは二度目だけど、相変わらず勝手な人だと思った。
「洋一さんには、何て言って出てきたんですか?」
招待状に書かれてあった新しい住所を思い出しながら、僕は問いかける。きっと、もう一緒に暮らしているんだろう。何度でも思う、本当ならそこにいたのは姉だったのにと。
「まさか、バカ正直に姉のお墓に行ってくるなんて話してないんでしょう?」
「ええ、それはまあ……」
「どうしてですか?」
「洋一がつらくて一度も来れない場所に、私が差し置いて出向くのは申し訳ないって思ったの。でも、どうしても彼女に会いたくて仕方なかった」
「それであの交差点に行って、美喜さんを困らせたって訳だ」
「美喜さん……? ああ、お姉さんの親友の」
「はい。ある意味、僕達家族以上に姉がいなくなった事を悲しんでくれている人です」
「それは、何となく分かったわ。何様のつもりだってひどく怒られたし、洋一の事も薄情者だと言っていたから」
そう言って、ゆっくりと立ち上がってきたみゆきさんは数珠を絡ませていた右手を自分のおなかにそっと当てる。ああ、そうか。そういう事か。
僕はみゆきさんの少し膨らんだおなかをじっと見据えながら、低い声で言葉を続けた。
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