第133話
きっと、章介君には分かっているのだろう。どうあがいても、この状況ではどうにもならない事を。少なくとも、もう自分は助からないだろうという事を。
だったら、せめてこの彼だけでもと思って、そんな言葉を…。
一瞬の逡巡も許されない状況の中、俺は章介君にこう答えた。
「…すまない」
俺の両足は、倒れ伏したままの章介君の横をすり抜け、入り口に向かう。それを信じられないとばかりに、腕の中の彼は俺の襟元を掴み上げてきた。
「おい、待って!待ってくれよ!そこだよ、そこにいたのが章介なんだよ!」
「……」
「止まれ、戻れよ!章介を置いていくな!章介も助けてくれよ!!」
「……」
彼の悲痛な叫びが、炎に負けない勢いで響き渡る。俺は、それをひたすら無視し続けた。心の中で、何度も「すまない」「申し訳ない」「ごめんな」を繰り返しながら。
すまない、本当にすまない。俺達がもっと早く現着できていたら。俺にもっとスキルがあれば。君達二人とも救い出せるだけの力があれば…!
「おい、聞いてんのかよ!?止まれって…」
そんな俺の心の声なんぞ、彼に聞こえるはずもない。
俺の行動がひどい仕打ちにでも見えているに違いないだろう彼の片手が、俺の顔に向かって伸びようとしているのが見えたその瞬間。ふいに、背後でガラガラガラッと大きく何かが崩れ落ちる音がした。そして。
「ぎぃやあああああ!」
振り返らなくても、分かった。つんざくように響いたのが、勇敢なる若き者の最後の断末魔だという事くらい。もう、耐えられなかった。
「…っ、くそったれえええ!!」
俺の口は、勝手にそんなみっともない叫び声を発し、気が付けば彼を抱えたまま入り口ドアから外へと飛び出していた。そして、少し離れた所に彼の身体を下ろすと、再び『natural』の中へと飛び込んでいった。
「…おい!上岡、何をやってる。戻れ!!」
葛木大隊長の命令を無視するなんて、初めての事だった。続いて飯塚の焦るような大声も聞こえてきたような気もしたが、それも初めて無視した。
そんな事ができてしまうくらい、悔しくて悲しかった。
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