第64話
久しぶりに拓弥からのふざけたLINEが届いたのは、おばあちゃんのお通夜の日の朝だった。
その日の前の晩、あたしの方からLINEしたはずなのに、エッチの事ばかり考えてるせいで日本語が分からなくなったんじゃないかと思った。
返信が途絶えた事とお母さんの呼び声を区切りにして、あたしはセーラー服に着替えた。そして二階の部屋から一階の食堂へと移動して、皆で食卓を囲んだ。
あたしは味噌汁を啜りながら、正面に座っているおじいちゃんを盗み見た。
おでこに大きなガーゼを貼り付けているものの、ゆっくりと朝ごはんを自分で口に運んでいくおじいちゃんは、とても混乱しているとは思えない。火事に遭うまでと何も変わっていないように見える。
ただ、おばあちゃんがいない。お母さんの隣にぽっかり空いた椅子。そこがおばあちゃんの指定席だったのに、おじいちゃんはそれすら分かっていない。
その証拠に、あたしの視線に気付いたのか、おじいちゃんはこっちに顔を向けてコップを差し出してきた。
「きみえ、お茶のおかわりをくれ」
まただ。あたしがほんのちょっと肩を震わせると同時に、お父さんとお母さんの顔色も少し変わる。
おじいちゃんの背中の向こうには食堂と廊下を繋ぐドアがあって、そこをくぐるとすぐに客間が見える。十時になればまた葬儀社の人達がやってきて、そこで今日のお通夜の段取りについて打ち合わせが始まるんだろう。
おばあちゃんは、客間に置かれた棺桶の中にいる。棺桶の蓋には小窓がついていて、そこから死んだ人の顔が覗けるようになってるけど、あたしもお母さんも、ましてやおじいちゃんもそれはしていない。
一度だけ、お父さんがそこからおばあちゃんを見下ろしているのを見かけたけど、やっぱりとてもつらそうに顔を歪めていた。
「やっぱり、誰にも会わせられないな…。ごめんな…」
悲しそうにつぶやいたお父さんの声は、本当に小さかった。
ねえ、おじいちゃん。おばあちゃんはあっちだってば、あたしはカナだよ。
もう何度目かになるか分かんないその言葉を飲み込んで、あたしはおじいちゃんからコップを受け取った。
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