第63話
美琴は顧問の先生の言う通り、次の大会の出場を断念した。擦り傷の方は程なくしてきれいに治ったけど、やっぱり打ち付けていたせいで右足の膝を少し傷めていたらしく、無理はしない程度に練習メニューを抑えるつもりだと話してくれた。
「つまらないかんしゃくに巻き込んじゃってごめんね、智夏」
美琴は、そう言って何度かあたしに謝ってきた。美琴の新たな一面を見られたし、ああいう状況だったんだから気にしないでと言ったけど、あたしに八つ当たりしたみたいになった事を相当気にしてるみたいだった。今週に入って、もう四回は謝られたんじゃないだろうか。
「仕方ないなあ、美琴がそこまで言うなら」
その週の水曜日、三時間目が終わった直後の休み時間。美琴はついに五回目の謝罪を口に出してきた。もうそろそろキリを付けさせてあげようと思ったあたしは、ある事を思いついてにこっと笑った。
「……うちの豆腐メニューを買いたい?」
昼休み。急いでサンドイッチを二パック頬張ってきたあたしは、そのままの勢いで図書室のカウンターへと向かっていき、先に本の補修を始めていた岡本君に小声で尋ねてみた。
「そう。おじさんから聞いたんだけど、次の日曜はいよいよ豆腐アレンジメニューを売り始めるんでしょ?」
「うん、まあ。数量限定だけどね」
「それも聞いてる。だからさ、あたしと美琴の分を取り置きしといてくれないかな?」
お願い! と、あたしは両手をパンッと併せてお願いする。あんまり美琴があたしに罪悪感を持ちすぎてるから、だったら『岡本豆腐店』のあのおいしかった豆腐アイスをおごってもらって、それで終わりにしようって考えたんだけど。
「ごめん、それは無理なんだ」
相変わらず、きっぱりはっきり。一瞬も迷う事なく、岡本君はそう言い切った。
「僕としてはそうしてあげたいところだけど、豆腐って傷みやすいからね。それにお父さんのこだわりもあって、
「そ、そこを何とかさ……」
「ごめん」
軽く頭を下げて、岡本君はまた本の補修に戻る。うん、あたしが面倒くさいお願い事をしてるのは充分分かってるんだけど、何せこっちは親友との今後がかかっている。岡本君にとっては訳分かんないこだわりに見えるだろうけど、もう引くには引けない状況なんだから。
「分かった、じゃあ普通に買いに行く」
「……そう」
あたしのその言葉に、岡本君はちょっとほっとした顔を向けてくる。
「無事に買えるといいね」
「それは大丈夫、朝イチで行くから」
「え?」
「だから、開店時間を教えて?」
単純だけど、我ながらナイスアイデアだと思う。いつもよりちょっとだけ早起きして、開店時間と同時に店先に並んでいれば、嫌でもあのおいしい豆腐アイスを買えるってもんでしょ。ふふんと軽く胸を張りながら、どうだとばかりに岡本君に尋ねてみたんだけど、返ってきた言葉は「大丈夫か?」だった。
「うち、朝の五時に開店なんだけど」
「え……?」
「その頃には、もうだいたい常連さんが何人か並んでるし……本当に大丈夫か?」
心配そうにそう尋ねてくる岡本君に、あたしはそれこそ意味のない見栄を張るしかなかった。
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