第一章

第1話

「……ありえないんだけど」


 これが、あたし――安藤智夏あんどうともかが、進級した二年B組の教室に入って十秒経った後、最初にしゃべった言葉だった。


 そりゃあね、こんな事言うのはどっか筋違いだってのは分かってる。二年に上がった始業式の日に熱出しちゃったのは、まぎれもなくこのあたしな訳だし?


 その熱出した原因ってのも、前の日の天気予報を無視してファッションイベントに出かけた帰り、その予報通りの大雨にガッツリやられたせいだし? ええ、そうですよ。情状酌量なしの有罪決定間違いなしです、はい。


 でも、そんな自業自得を棚に上げても、あたしは教室の壁の掲示板に貼り出されてる一枚のプリントを思いっきりにらみつける。『二年B組委員会割り当て一覧表』という太くて黒いブロック体の文字が、これでもかってくらいに自己主張していた。


「智夏ぁ、そんなに見ていたって何にも変わんないよぉ?」


 自分でも、肩のあたりがプルプル震えてんのが分かる。昨日のファッションイベントの物販で買ったキャミ風の下着のサイズが合わないからとかじゃ絶対なくて、あたしがこんな理不尽に必死に耐えてるってのに、後ろからわざと間延びした口調でからかってくる親友に対するちょっとした怒りから来るもの。


 あたしは両手に力を入れて、持っていた学生カバンを後ろに向かって振り回してやった。「うっさい、この裏切り者~!」っていう、小学生じみた悪口も忘れずに。


 でも、さすが陸上部期待のエース。万年帰宅部のあたしなんかとは全然比べ物になんない反射神経だ。ひょ~いっと軽い感じで学生カバンをかわすと、そのまま滑らかな動きであたしの横に立ち、掲示板のプリントを指差した。


「別にいいじゃん、もうこれで。田淵たぶちなんかさぁ、『余り物には福がある、安藤には最後に残った園芸委員になってもらおうか』なんて言ってたんだよ? あんなイモ虫やミミズの楽園になってる中庭に行って、土まみれでスコップいじってたいの? ないない、絶対ない!」


 田淵は、うちの高校でダントツに人気のない数学の先生で、二年B組の担任だ。まだ三十五歳だってのに、前髪がだいぶ後退してきてるし体型も最悪。おまけにデリカシーに欠けてるところもあるから、そのせいで彼女どころかいまだにチェリー街道まっしぐらだって噂。


 そんな奴に勝手に決められるより、「助け舟を出してあげたんだからね」と笑って言うあたしの親友――真岡美琴まおかみことがとっさに提案してくれた事の方が全然マシだし、むしろそれ自体は嬉しかったりするんだけど。


 でも。だからって。何で。どうしてこうなんの?


「図書委員会って……」


 企画委員会から放送委員会、当然のように美琴が選んだ体育委員会に、風紀委員会とか保健委員会なんかといったベタな奴。ちょっと変わり種って感じでボランティア委員会っていうのもあるけれど、割り当て一覧表の欄に刻み込まれたあたしの名前の横にあるのは、何度見たってやっぱり『図書委員会』。


 あたしが普段目にしている文字なんて、七割がファッション雑誌。後の二割がスマホでのやり取りで、最後の一割がかろうじて教科書だっていうのに。どうしてよりにもよって、園芸委員会と肩を並べられるほどに地味な図書委員会に入らなきゃいけないの!?


 あたしはあたしの隣でまだのんきに笑っている美琴の横顔を思いっきりにらみつけた。今日のお昼のお弁当、美琴の好きな玉子焼きを多めに入れてもらってきたけど、絶対分けてやんないと思いながら。

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