第16話
「おはよ、じいちゃん!ごめん、今日の朝メシ当番は俺なのに…」
「ああ、おはよう大牙。子供はそんな事を気にするな」
間髪入れずにそう答えながら肩越しに振り返ってきたのは、一人の年老いた男だった。
六十はゆうに過ぎているのか、その頭髪はすっかり白髪だらけだ。目尻のすぐ側にあるいくつかの肝斑(かんぱん)も、また一段と濃くなってしまったように見える。
だが、その背筋は針金でも入っているのかと思えるくらいしゃんとまっすぐ伸びているし、顔にもその両手にもさほど深いシワは入っていない。礼拝にやってくる同年代の人達と比べれば、彼は充分に若々しかった。
気にするなと言われても、何もしない訳にもいかず、ひとまず大牙は棚の中から皿を二枚取り出してきた。
そして、コンロの前に立つ彼の横に並ぶと、すっと静かに皿を差し出す。男は端が少し焦げてしまった目玉焼きを手早く皿に乗せた。
「いつ、帰ってきてたの?」
ほっとしたような、明るい口調で大牙が尋ねると、男は人のよさそうな満面の笑みを浮かべながら答えた。
「ん?ついさっきじゃ。お前が無事かどうか心配でな。予定を少し早く切り上げてきた」
「もう俺も十六なんだから、二日や三日ほっとかれても大丈夫だよ。じいちゃん、せっかく昔の仲間に会いに行ってたのに…」
「そうもいかんさ。教会の定期礼拝もサボる訳にはいかんし」
彼の名は、神薙宗之助(かんなぎそうのすけ)といった。
現在の職業は神父だ。数ヵ月に一度のペースで昔の仲間の元に行くが、基本的にはこの教会に常駐していて管理・運営を営んでいる。大牙にとってはただ一人の祖父で、唯一の「人間の身内」で、そして何より最大の理解者だった。
「それにな、大牙」
目玉焼きやサラダを乗せた皿を食卓に運んでいく大牙の背中に向かって、宗之助が言った。
「ワシの気のせいだったら謝るが、昨夜お前の『変化』のオーラを感じてしまってな…?まさかとは思ったが…」
「…っ、ごめん…」
ギクッと両肩を少し震わせた大牙は、食卓の上に皿を乱暴に置いてしまう。それと同時に、神薙家の玄関の呼び鈴がふいに鳴り響き、「大牙君、ただいま~…て、うひゃああっ!」と何ともまぬけな声が聞こえてきた。
「ふっ…帰ってきおったか、あの腐れ真祖ヴァンパイアめが!」
その途端、宗之助の目つきががらりと変わった。
穏やかな表情は一瞬で消えてなくなり、次に貼り付けたのは鋭くぎらぎらとした眼光。そして、殺気に満ち溢れて歪む口元だった。
「大牙、もうすぐパンが焼けるから先に食べてなさい…」
「ああ、分かった~」
大牙がそう答えると、宗之助はその年齢とは思えないほどの素早い健脚で食卓から飛び出していく。
宗之助が出かけていない限り、毎朝の恒例行事と化している事だ。物心ついた頃から何十、何百回と繰り返されてきた事に、大牙はただ短くため息を吐くだけだった。
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