第76話



 三人で円行寺の本堂に戻ると、ぽつぽつと弔問客が集まり始めていた。


 腕時計をちらりと見やると、もう四時半を回っている。私と宏樹の後ろに並ぶようにして歩いていた優衣さんが、ゆっくりと本堂に向かっていく彼らを目で追いながら言った。


「今日の七回忌は身内だけで済まそうって両親に言われてたんです。実際、私もそう思ってました。これを見つけるまでは…」


 これ、という単語に、私と宏樹は反射的に振り返った。


 私達の視界に入ってきたのは、優衣さんの腕に引っかかっている真っ黒で少し大きめのハンドバッグ。そして、彼女の手に抱かれる一冊の古い日記帳だった。


 B5判サイズで、普通の物より少々分厚いという以外は、特に何の変哲もないセピア色のカバーがかかった日記帳。その表紙の上部には、ひどく分かりやすく「NOTEBOOK」という単語も書かれてある。


 あいつらしいな、と思った。


 あいつは、自分の身近にあるものを、ムダに飾り付けたりするのを好まなかった。


 もちろん、それは自分の事でもそんな感じで、あいつのこんな言葉が今でも耳に残っている。


『別にいいんだよ。最悪、このまま治らなくても、僕は確かにここに存在してるんだから。これだけでも充分、価値がある事だったと僕は思いたい。それに、理香と宏樹が覚えててくれれば、僕はもう大満足だよ』


 本当に?本当にそう思ってた?


 そう言いながら笑顔を見せていたあいつの顔を思い浮かべながら、私は日記帳をじっと見つめる。宏樹も同じように見つめていた。

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