第一章 -二十四歳-

(1)

第1話

「もう結婚しよう」


 暑い、八月も半ばの昼休みの事だった。


 中央にやたら大きな噴水が鎮座しているだけの公園。


 その片隅にあるいくつかのベンチのうちの一つに座って、コンビニで買ってきたハムサンドに二口目をつけたところで、隣に座っていた宏樹(ひろき)が何の前触れもなくそう言ってきた。


 さして驚きもせず、私は口の中のものを飲み込み、静かに彼の方を振り向く。宏樹の真剣な表情が、私をじっと見据えていた。


 これで何回目だっけ。心の中でこっそり数えてみる。一、二…ああ。もう六回目だ。


 初めてそう言われたのは、高校の卒業式の後だった。卒業証書の入った筒を持って、一緒に校門をくぐったところでプロポーズ。その時は、「いつか結婚しよう」だった。


 それからお互い別々の大学に進んだが、頻繁に会っていた。そして、一年に一度のペースで宏樹は私にプロポーズしてきた。


「そのうち結婚しよう」

「もう少ししたら結婚しよう」

「大学を卒業したら結婚しよう」

「就職が決まったら、すぐに結婚しよう」


 うん、全部覚えてる…。


 社会人になって、宏樹は精悍さが増した。少年のような幼さが一気に抜け、陸上で鍛えていた身体付きもさらにがっしりとしてしまって、着ているスーツが少しきつそうだ。宏樹の首筋を一筋の汗がつうっと流れていくのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る