第76話

「あ?何だよ」

「あ。いや、えっと…」

「だから、何だって」

「……」


 智之はきょろきょろと目を泳がせて、なかなか話そうとしなかった。うっとうしい、すぐにそう思ったよ。


「用がないなら話しかけんな、バカ」


 きつい口調でそう言い放って、俺は智之から離れようとした。だが、できなかった。智之が俺のYシャツの裾をしっかり掴んできたからだ。しかも、見た目とは裏腹に、とても力強く。


「…清水君。暇なら僕と一緒に花壇作らない?」


 そのままの体勢で至極真面目にそう言ってきた智之に、俺は「は?」と間抜けな声を出した。


 よく見れば、智之の空いているもう一方の手には、図書室からでも借りてきたと思うが、『初心者の為の菜園作り』なんて本が抱えられてあったよ。嫌な予感が全身を走ったな。


 智之の言葉は続いていた。


「園芸部の奴らに頼まれたんだ。校舎の西側に使わなくなって大分経った花壇があるんだけど、秋までにコスモスを咲かせたいんだってさ。だから土を掘り返して均(なら)してほしいって言われたんだけど」

「…で?何で俺に声かけた?」

「だって、暇でしょ?」


 悔しかったが、確かに智之の言う通りなんだ。当時、俺はどこの部活にも入ってなかったし、早く家に帰っても嫌いなおじいさんがいるだけだから、放課後はできるだけ長い時間、町の中を意味もなくうろついていた。

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