第63話
ペンキまみれにされた体操着を買い直そうと、その日の放課後、僕は売店に向かった。
売店の閉店時間は十七時だ。その頃になれば売店がある校舎二階には人通りが少なくなるので、休み時間に行くよりは人目を気にする必要が無くなるかなと思いながら歩いていたが、そこまで考えると途端に例えようのない苛立ちが込み上げてきた。
どうして僕が人目を気にして、体操着を買い直さなければならないんだ。僕は被害者なのに、悪いのは真鍋なのに。
思わず立ち止まり、持っていた財布をギュッと強く握り締める。去年の誕生日に父が買ってくれた、金色の縁取りが特徴的な細長い革製の財布がわずかに曲がって、苦しそうな音を立てる。
それに気付いてハッと我に返ったのと、背後から近付いてきた誰かの手が僕の肩を掴んできて、そのまま壁に叩き付けられたのはほぼ同時だった。
「うっ…!!」
あまりにも突然の事に何の対応もできないまま、強く身体を打ち付けてしまい、そのままズルズルと壁に沿って蹲る。そんな僕の頭の上から、嫌でも聞き慣れてしまった嫌な笑い声が降ってきた。
「俺の睨んだ通りだ。お前みたいな奴なら、放課後に売店に行くよなぁ」
僕は顔を持ち上げて声の主――真鍋を睨み付けたが、奴は全く意に介さず、今度は僕の鳩尾に蹴りを入れてきた。
鋭い痛みに声も出ず、そのままもんどり打つ僕の手から真鍋は財布を取り上げる。そして、中身を根こそぎ抜き取ると、
「今度はもう少し多めに入れとけ」
そう言って、まるで何事もなかったかのように僕の目の前から消えていった。
七千三百五十二円。
それが、真鍋に一番最初に奪われた金額だった。
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