第63話

「…そこ、どいて下さい!」


 ふいに、幼い子供の声がすぐ間近で聞こえた。


 驚いた彰と女は寄せていた唇を離し、ほぼ同時に声が聞こえた方向へと目を向けた。


 二人の目の前には、ランドセルを背負った小さな女の子がいた。


 薄暗くてよく見えないが、何やらビニール袋のような物を両手でしっかりと握り締め、こちらをじっと見つめ続けている。


 小学三、四年生くらいだろうか。


 小柄というより、どちらかといえばひょろひょろとした身体付きである。手足も細く、着ている紺色のオーバーオールは生地が傷んで薄汚れていた。


「…あ?何だって?」


 せっかくの『お楽しみ』を邪魔されて、彰は面白くない気分だった。


 女子大生に触れていた両手を外し、座ったままの状態で前屈みになると、女の子に向かって少しトーンを落とした声を出した。


「何だよ、ガキ。ここは俺達が先に来てたんだぞ?いつまでも遊んでんじゃねえよ、さっさとどっか行けよ!」

「ヤァダ。彰君、大人げないわねぇ…」


 口では咎めるような事を言うものの、女の方も少なからず同じ事を思っていたようで、その口調には真剣さが欠けていた。


 彼女は嘗めるように女の子を見やると、堪えきれないかのようにくすくすと笑いだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る