プロローグ[1~14P]

第1話

 それは、八月の夕暮れ時の事だった。


 閑静な住宅街の一角に建っている黄土色の外壁をした二階建ての一軒家を、物々しい空気と緊迫感がわずかな隙間も逃さないかのように包み込んでいた。


 この一軒家の周囲を、四十人ほどの武装警官達が取り囲んで五分が過ぎようとしていたのである。


 彼らが到着したのは、今より十数分前の事だ。


 これよりさらに四十三分前、この一軒家の隣家に住む中年の主婦が震える声で警察に通報してきたのが始まりだった。


『…と、隣の今村さんの家から、ものすごい物音と悲鳴が聞こえたんです!早く、早く来て下さい!』


 だが、武装警官達がその現場を取り囲んでいる今、家の中から主婦が聞いたような物音や悲鳴は全く聞こえてこない。


 彼女の話だと何かが勢いよく壊れたり倒れたりした音や、とても人間のものとは思えないほどの凄まじい断末魔の叫びが大きく聞こえてきたらしい。


「本当よ、本当に聞いたんだから!あれは間違いなく、今西さんのご主人と奥さんの声だったのよぉ!」


 武装警官達の耳に届くのは緊張した自らの荒い息遣いと、突然の出来事に驚きと好奇心を隠せず、各々の家の玄関や窓から顔を突き出して成り行きを見守っている周囲の住人達の小さなざわめきだった。


 その中で、通報者となった主婦が、亭主と思しきスーツ姿の中年男にしがみ付いて震えていた。

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