第16話 至高の美食会。

 その後、俺はそつなく素材集めをこなし、無事に、以前制作したジュースと同じものをニ十本造り終えた。

 “至高の美食会”と顔合わせするという話はギルドにも広まっており、クエストの達成報告をこなすと、奥からパルサーがやってきて「自分も同席したい」と言った。断る理由もなかったので「構わない」と答えたが、彼がなぜ同席したいかは、わからなかった。

 

 そして数日後、街の噴水広場のすぐそばにある高級レストラン、メゾン・ド・レガンスにて初の顔合わせが行われた。



 「あなたがあのジュースを造った、涼殿ですか? 」


 レストランの最上階にある大部屋に入ると、立ち上がった十九名の貴族の一人が、早速そう言った。


 「ええ――」

 と話そうとすると、

 「そうです。この方が田村涼様で、あのジュースを自ら製造した方です」

と、アニーが割って入ってくれる。

 すると、十九名の貴族が互いに顔を見合わせ、どよどよと話を始めた。


 「お話は伝わっているとは思いますが、あのジュースを私たちも一口ずつ飲ませて頂きました」

 と、貴族たちのどよめきを制してひとりの老紳士が言った。

 「とても素晴らしい味です。一言では言い表せないほどに」

 それから深々と腰を折り曲げ、

 「私の名はエドモンド・デ・ヴァロワ。この”至高の美食会“の頭領を担っています」

 そしてもう一人、エドモンドの隣に立っていた一人の女性が、名乗りを上げた。

 「私も頂きましたが、文句のつけようもない味でした。……失礼、私の名前はセシリア・デ・ラ・ローゼ。この会の副頭領をさせていただいております」


 とてつもなく綺麗な婦人だった。年齢は恐らく、四十代半ば。

 ゆったりと光沢のある赤味掛かった長い髪を肩に垂らし、アニーやリリスに比べれば若干老けて見えるが、それが匂い立つような豊潤な色気をもたらしている。もとの世界にいたときも、これほど綺麗な四十代の女性は見たことがなかった。


 「涼さんは、あのジュースをおひとりで制作されたのですか? 」

 と、セシリアが口元に軽い笑みを浮かべて言った。

 「ええ、ひとりで造りました」

 「あまりに美味しいジュースで、とても素人が造ったものとは思えません。涼さんは、普段からジュース造りをされている方なのですか? 」

 「いえ、ジュースを造ったのは、あれが初めてです」


 すると、貴族たちのあいだに大きなどよめきが起こる。

 「あれが、初めて……!? 」、「まさか! 」、「いきなり、あんなものが造れるのか……!? 」と言った呻きが、次々と上がった。


 「初めてであの味……。とてつもない才能です。それが、本当ならば」

 と、セシリアはいささか含みのある言いかたで、俺を見据えた。

 「どういう意味ですか? 涼さんが造ったのではないと、疑っているのでしょうか!? 」

 と、アニーが割って入ってくれる。

 「いえ、疑っているのではありません。ただ気になっているのです。涼さん、なぜ初めてジュース造りをする人が、あれほど美味しいものを造れるのでしょう? 美食に目のない私たちのようなものに、その秘訣のようなものを、教えては頂けませんか? 」

 言葉自体は丁寧で物腰も柔らかかったが、彼女が俺を疑っているのは間違いなかった。

 

 「特別なコツのようなものがあるわけではありません」

 と、俺は言った。

 「ただ、自分の故郷が少し特殊なせいかもしれない、とは思います。自分の故郷はここから遠く離れたところで、そこではジュース造りがとても盛んでした。生まれた頃から、美味しいジュースに囲まれて暮らしてきました。ですから、そこで育った自分は、必然的に美味しいジュースを造る舌が備わっている。強いて言えば、それが秘訣、なのかもしれません」

 おお、というような感嘆の声が、貴族たちから上がる。

 「……その故郷、というのはどこなのですか? 」

 と、ただひとり納得の行かない様子で、セシリアが問う。

 「その故郷というのは、コーラルハーバーです」

 と、俺は事前に考えていたとおりに、この世界の南西にある都市の名前を言った。コーラルハーバーは亜熱帯気候で果実の多く取れる都市で、その関係もあってジュース造りが盛んに行われている。その都市の出身と分かれば、ジュース造りが上手いのにも説得力が生まれる。

 「あの都市の出身の方でしたか! それならばなるほど、ジュース造りが上手くても不思議はない! 」

 と、予想通り、エドモンドが驚嘆の声を上げる。

 「なるほど……。あそこの出身の方であれば、生まれたときから上質な飲料にさぞ恵まれていたのでしょう」

 と、疑いの眼を向けていたセシリアも、強張らせていた表情を微笑みに変えて言った。

 「ところで」と、エドモンドが言った。「本日はあのジュースを再び持って来てくれるという話になっておるのですが、……本当に持って来ていただけたのでしょうか? 」

 「もちろんです」

 俺はそう言って、彼らが着いている長テーブルの上にジュースの詰まった瓶を次々と置いて行った。

 「依頼通り、ニ十本作ってあります。一本は本日の試飲用に。残りは、みなさんが家で楽しまれるよう、一本ずつ用意してあります。ぜひ、思い思いの形で味わってもらえたらと思います」


 席に着席していた貴族たちが、俺の合図をきっかけに立ち上がり、まるで争奪戦と言わんばかりに目の前の瓶を受け取りに行く。

 正しいマナーや貴族としての気品などどこへ行ったのか、なかには瓶のコルクを抜くと、そのまま口をつけて飲む者までいる。“至高の美食会”は美味しいものにとことん目がない、とは聞いていたが、ここまでのものとは思わなかった。そして……、

 

 「美味い! 」と、十九人が半ば一斉に、声を上げる。

 「素晴らしい……! あのときと全く同じ味だ……! 」

 「これだよ、これが飲みたかったんだ……! 」

 「透き通るような甘みと、それをそっと支えるような酸味……。天才的なバランス感覚だ……! 」

 と、俺が造ったジュースの入ったグラスを手に持って、口々に貴族たちが感嘆する。もはやほとんど騒ぎとなっているなか、エドモンドとセシリアのふたりが俺のもとに近づいて来て、こんなことを言った。

 

 「涼さん、思った以上に素晴らしいジュースです。感動しました。改めて、ここの頭領としてあなたに感謝したい」

 「私からもお礼を言うわ。これほど美味しいジュースを頂いたのはいつぶりだったかしら」

 「いえ、俺はただ、自分の好きな味になるように調合しただけで……! 」

 と言うと、

 「あなたの言うその”自分の好きな味“というものがもう、素晴らしいのでしょう。きっとよほど優れた舌をしているのでしょうな」

 と、エドモンドが人の良さそうな笑みを浮かべて、そう誉めてくれる。

 「ところで」とセシリアが言う。「涼さんは、今後もジュース造りを続けるつもりはありませんの? 」

 「ジュース造り、ですか……? 」

 「ええ。あなたほどの優れた舌をお持ちでしたら、きっと素晴らしいジュースを今後も次々と造られるでしょう」

 「考えたことも、ありません」と、そう答えると、

 「では、考えてみてください」

 と、セシリアがぐっと身を寄せて、言った。

 「もし今後もジュース造りをされるようでしたら、どうか、まずはこの”至高の美食会“に最初の一本を、届けてはくれませんか? もちろん、相応の対価はお支払いいたします」

 「そ、そんなこと言われましても……」

 と、たじろいで言うと、

 「……そのときは、ジュース一本につき……ペニー支払いますわ」

 と、セシリアは囁き声になって、とんでもない金額を口にした。

 「そ、そんなに、ですか!? 」

 と、思わず俺も、囁き声になって、そう返す。

 すると、セシリアはいかにも満足そうに笑みを浮かべ、


 「ジュースを造った際はぜひ我々のもとに最初に一本をお届けください」

 

 と、まるで押しの強いセールスマンのような圧力で、俺にそう顔を向けるのだった。



 






 



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