第12話 初めて受けるチャーム。

 リリスを含めた彼ら冒険者は、ゴブリン討伐の為にこの洞窟に足を踏み入れていた。 

 ところが、奥から現れたのは特殊個体であるゴブリン・シャーマン。ゴブリン・シャーマンは周囲のゴブリンに複雑な指令を行い、その高度な命令体形によって、冒険者を翻弄する。フレックスたちもしばらく戦っていたものの、戦況は良くなかった。

 すると突然、

 「……もう無理! 私、帰るから! 」

 と、リリスがまるでショッピングを引き上げるかのような言い方で、戦線を離れたのだという。

 「お、おい……! 」

 と、フレックスは怒りを顕わにしたが、突然リリスが戦線を離れたことにより、一挙にゴブリンたちに畳み込まれ、窮地に追いやられたのだという。おまけに……、

 

 「あいつ、俺たちに向かって“チャーム”を唱えやがった……! 」

 「“チャーム”? 」

 と俺が聞き返すと、フレックスが深刻な表情で、頷く。

 「彼女の職業は”マインドマスター“なんだ。上級職とまでは言えないが、かなり希少な職業ではある。マインドマスターの扱えるスキルのひとつに、”チャーム“というものがあって、これによって他者を思う通りに操ることが出来る。……あのときも、リリスは俺たちに”逃げるな。戦え“と命じたんだ。そして一人だけさっさと逃げ出してしまった。……くそっ。今思い出しても、腹が立つ……! 」

 と、フレックスは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、地面に向けて唾棄した。

 「あのスキルがあるから、厄介なのよ」と、フレックスの話を、横にいたアミが補足する。「あいつは”チャーム“スキルによってやりたい放題やっているの。私たちだって、あの娘の護衛なんかしたくなかった! でも、チャームで周りを固められて、言うことを聞かざるを得なかったのよ」

 「これは噂だけど……」と、ミウがさらに割って入る。「あの娘のお父さんであるヴィクター・ナイトシェイド、私たちの所属する団体の統領だけど、ヴィクターさんはずっとリリスのチャームに掛かっているっていう噂よ。……じゃなかったら、娘のこんな我儘、長いあいだ許すはずがないもの……」


 と、そのときのことだった。


 ゴブリンたちが倒れたことで静まり返った洞窟内で、何者かの足音が近づいて来るのが聞こえた。

 その音は洞窟の入り口からこちらに向かって響き、なにか確固たる意志を持って歩んでいる様子だった。

 やがて、その足音の正体が、さきほど俺が傷を癒してやった、当のリリスであることがわかった。


 「リリス……! 貴様……! 」

 「あんたねえ……! 」

 「絶対、許さない……! 」

 と、フレックス、アミ、ミウが、口々にそう言う。


 だが、なにか様子がおかしい。リリスは真っ直ぐに口を真横に結び、揺らぎのない目つきで俺たちを見据えている。


 そのとき、リリスは突然俺たち四人に向けて掌を翳し、こう言った。


 「”チャーム“! 」


 またいつもの手だ。

 御自慢のチャームによって俺たちを惑わし、口を封じ、このことをなかったことにするつもりなのだ。


 ……だが、

 「……効かないよ」

 と、俺はぽつりと言う。

 「え、ど、どうして……!? 」

 「この三人には”戦人の祝福“が掛けてある。俺はパッシブスキルの”心眼”持ちだ。その程度のチャームなら、効かない」

 「は、はあ!? あ、あんた、なぜパラディンのスキルが使えるのよ!?? 快復魔術使ったり、ゴブリン倒したり、あんた、いったい、なんなの!??」

 と、リリスは困惑し、へたりと地面に座り込んだ。

 「おしまいだ、リリス。お前は仲間を死の危険に追いやったんだ。冒険者資格を剥奪させてやる……! 」と、フレックスが怒気を籠めて、そう言う。

 「ち、近寄らないで! あ、あんたたちの話なんて、お父様が信用しないんだから!! 」

 と、無様にも掌を翳しながら、狼狽え、後退りしつつ、リリスがそう言う。

 

「そろそろ片をつけるか……」

 そう呟き、俺は一歩近づいて、リリスの顔に掌を翳した。


 「”チャーム“! 」


 「!???」

 「!?!?」

 「!?!??」


 と、後ろにいた三人が、飛び上がるほど驚くのが、伝わって来る。

 橋の隅にいたころ、俺はリリスに銀貨を施して貰ったことがある。もっとも、その銀貨には毒が塗られていたのだが……。彼女が”チャーム“を取得したのは、そのあとのことだ。だから、俺もチャームを扱うことが出来る。


 「リリス、チャームを掛けられるのは初めてか? 俺からお前に命じる。今日あったことを、嘘偽りなく、ギルドで報告しろ。お前の父親の前でもだ」

 「……はい」

 と、虚ろな表情を浮かべたリリスが、従順にそう頷く。

 「そして、二度とチャームは使うな。使ったことがわかれば、俺がお前を見つけ出して痛い目に合わせてやる。チャームをお前に掛けることでな。……わかったか」

 ぼんやりとした表情で、リリスが頷く。

 チャームの効果はそれほど長くはないから、最後の命令にそれほどの拘束力はない。だが、彼女の心の奥に、この命令を深く刻んでおきたかったのだ。

 

「それじゃあ、街に戻りましょう。リリスを突き出して、冒険者資格を奪っておきましょう」

 俺が振り返ってそう言うと、フレックスら三人はまだ俺のチャームを見た衝撃から立ち直っておらず、まるで彼らもチャームを掛けられたように、呆然とした表情でゆっくりと頷くのだった。

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