田村涼は異世界で物乞いを始めた。

@ipenshinokima

第1話 この世界は階級で出来ている。

 オーヴェルニュの街は、“最奥の探索者”と呼ばれるヒュデルの帰還で賑わっていた。

 橋の上には出店が並び、パレードが開かれ、街中の人々が外に出て通りは溢れている。

 

 だが、誰がどんなクエストから帰還しようが、そんなものは俺たちの生活とはなんの関係もない。

 俺たちは来る日も来る日も橋の隅に座り、クエストに出て行く冒険者を眺め、ときどき彼らが恵んでくれる安い銅貨を期待して、膝の前に小汚い皿を置いておくほかない。


 

 この世界に俺が転生して、早二年が経っていた。 

 だが、それは思い描いていたような“転生”とは大きく異なっていた。


 この世界では、通常、十四歳になるとともに”成人の儀“が行われ、教会主導のもとに”職業判定“が下される。

 この世界に転生したとき、俺は十八歳だったが、すぐさま“職業判定”が行われ、この世界の住民としてひとつの職を与えられた。



 与えられた職業は、“物乞い”。



 この世界では職業は四つの階級に分類され、最も高い第一階級は“聖女”や“僧侶”といった教会職で占められている。

 次に第二階級は“戦闘職”と言われる職業が占め、例えば“騎士”や“武士”といった、いわゆるクエストに出て行く冒険者がこの階級に属している。

 そして第三階級は、街の生活を支える“生活職”と言われる人々が属し、例えば“鍛冶職”や“配合士”といった職業がこれに当たる。

 それら三つの階級の最下層にあるのが、俺に割り振られた“物乞い”や、“浮浪者”といった第四階級の人間なのだ。


 この社会は厳しい階級社会であり、下の者が上の者に逆らうことは厳しい御法度とされている。

 そのうえ、あとから職業を変えることは出来ず、そのうえ、他の職業のスキルを覚えることも出来ない。

 つまり、この世界に転生して“物乞い”と認定された俺は、今後どの職業にもクラスチェンジすることも出来ないし、一生、冒険に出て行くことさえ出来ないのだ。

 

 「よう、涼。そっちの調子はどうだ? 」

 

 そう言ってみすぼらしい恰好で橋の奥からやって来たのは、同じ第四階級仲間のツルゲーネだ。

 

 「どうもこうもないよ。ヒュデルの帰還で大騒ぎになっていて、とても物乞いどころじゃない。今日はもう駄目だろうな」

 「そうだな。今日は早いとこ切り上げて、”生活の広場“へ向かうか」


 “生活の広場”というのは教会が運営する第四階級向けの施設のことで、夕方になるとそこで炊き出しが行われる。出される食事は美味いとは言えなかったが、その飯でなんとか食いつないでいくことは出来た。


 橋の隅を離れ、ツルゲーネとともに、人の群れをかいくぐりながら”生活の広場“へと向かう。

 向かう道中も、決して気を抜くことは出来ない。意地悪な冒険者や街の住民に出くわせば、なにをされるかわからない。

 以前にも、その日の物乞いの上りを若い冒険者に毟り取られたことがある。突然理由もなく殴られたこともあるし、通りざまに罵られるなんてことも、この世界ではざらにある。街の隅から中心にある広場に向かうにも、決して気を抜くことは出来ないし、もし気を許せば、下手をすれば命取りになりかねない。

 俺たちは、この世界の最底辺を生きる“第四階級”の人間なのだ。



 「待て、涼。……なにか、様子がおかしい」


 ようやく“生活の広場”近くへやってきたとき、ツルゲーネがそんな一言を発した。

 

 「おかしいって……、どうした? 」


 彼の肩越しに広場の方を覗くと、なにやら負傷したらしい男と、その男の周囲に人だかりが出来ていた。


 なにかを察したようにツルゲーネが短く舌打ちをし、「また新教会長の仕業か」と呟く。


 生活の広場は長いあいだ、穏健派である前教会長の立案で運営されてきた。

 だが、去年その人物が退き、新たにやって来たのが、第四階級を目の敵にする過激派の若い教会長だったのだ。

 負傷した男のもとに近づくと、激しい疲労でぐったりとし、顔もひどく蒼ざめている。男は汗をかき、まるで、この世の最も醜悪なものを覗いたとでも言いたげに、目を見開き、一点を見据えたまま動かない。

 ほかの第四階級の仲間が声を掛けているが、負傷した男はわずかに低く呻くだけで、ろくに返答も返さなかった。

 “新しい教会長は第四階級の人間を使って人体実験をしている”という噂が、このところこの界隈で流れているのを、俺たちは思い出す。

 ゾッとするような暗い目をしたあの男なら、それもやりかねない。そう感じずにはいられないのだった。


 ◇◇



 新しい教会長の行動は、それからも過激さを増していった。

 彼は俺たちのような第四階級の人間が街にいることが気に食わないらしく、橋の下で眠ることを禁止し、街の中心部に近づかないよう衛兵に指示を下し、炊き出しの回数も減らしにかかっていた。

 問題はそれだけではない。この街からは実際に、第四階級の人間が少しずつ姿を減らしつつあったのだ。

 

 そんなある日のことだ。


 「涼。ゴーゴの姿が見当たらない。……どうやら教会長に連れて行かれたらしい」

 

 俺が橋の隅で物乞いをしていると、ツルゲーネが切迫した表情でそう声を掛けて来た。

 ゴーゴというのは十四歳になったばかりの”浮浪者“で、俺たちが普段から生活を共にする同じ第四階級仲間のひとりだった。


 

 “もう限界だ”という言葉が、銃弾のように、俺の頭に飛来する。


 

 眠るための棲み処は奪われ、食事は減らされ、町ぐるみの迫害は激しさを増している。

 もはや生きていくにも精いっぱいのこの環境のなかで、さらに、最も年少のか弱い仲間さえ奪われようとしているのだ。


 「場所はどこだ? 」

 「お前、行くつもりか……? もし行けば、生きて帰れないぞ」

 ツルゲーネが焦燥した顔でそう呟く。

 「行っても行かなくても同じさ。このままなら、どうせ俺たちは野垂れ死にだ」

 ツルゲーネはしばらく目を見開いて俺を見据えていたが、やがて、なにかにひれ伏すように頭を垂れ、

 「……街の東にある古い教会だ。恐らく、ゴーゴはそこで教会長たちに人体実験を受けている」

 と呟いた。



 ◇◇




 街の東にある古い教会、そこからは、すでに日付を跨いでいるというのに、煌々と明るい光が漏れていた。

 

 重く古びた入り口の扉を開くと、なかにいた教会員たちが、一斉にこちらを向く。

 そこには、この世界を俺たちにとって最悪なものに変えてしまった、あの新教会長の姿もあった。


 「なんだお前? 第四階級の人間だな。何しに来たんだ? 」


 若い教会員のひとりが、そう口にする。

 そして彼らが囲んでいる陣形の中心には、ぐったりと項垂れたゴーゴの姿がある。


 「そこにいるのは俺の仲間のゴーゴというんだ。お前ら、ゴーゴになにをした……? 」

 「ゴーゴ? こいつの名前か? 」

 

 その教会員が、まるで邪魔なものでもどけるかのように、足でゴーゴの頭を小突いた。

 それからその教会員は言った。


 「実験に使うモルモットにいちいち名前をつけたりしないだろ? こいつの名前がなにかなんて、気にも留めないさ」


 


 “チート”という言葉を知っているだろうか。

 異世界転生した者に必ずと言ってほど付属される、超特殊能力のことだ。

 

 この世界に転生したとき、俺にもチート能力が備わっているのではないか、と散々検討を試みた。

 隠されたステータス、隠された技……。だが、そんなものはどこにもなかった。俺の能力はどこまでも平凡で、虚弱で、扱えるスキルは皆無だった。




 そう、“先週まで”は……。




 「チートという言葉を知っているか? 」と、俺はその教会員に問いただす。

 「チート……? なんだそりゃ。聞いたこともねえ言葉だ」

 「”物乞い“という職業は確かに最低の職業だった。スキルはなにもないし、ステータスも低い。戦闘スキルもなにも覚えやしない」

 「そりゃそうだ。なにせ、第四階級に指定されるくらいだからな」

 「だが、二年間物乞いし続けたある日、見覚えのない“繋がり”というパッシブスキルがスキルツリーに現れていることに気づいたんだ。俺はなにげなくそのスキルの上を指でタッチしてみた」


 二年間毎日開き続けたステータス画面。

 そこに見覚えのない新たなスキルが表示されているのだ。

 俺は震える指をなんとか抑えつけ、恐る恐るそのスキルの上部を指で触れてみた。

 すると……、そのステータス画面に、こんな説明書きが表示されたのだった。




 “繋がり”

 このパッシブスキルを取得した状態で物乞いを行い、誰かから何かを施されると、その時点から相手の取得した経験値、スキル等々が自動的に“自分にも”降り注いでくる。




 「チート能力は」


 と、俺は呆気に取られている教職者にこう続けた。


「それが発現するのに二年もの時を要しただけで、確かに俺にも備わっていたんだよ」

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