第10話*
夏樹の手が私の胸を鷲掴む。むにっと手の中で潰された感触がなかなか強かったものだから、私は無理やり唇を引っぺがして文句をつけた。
「痛い!強い!」
「えっ、ごめん。こんくらい・・・?」
痛くしようとしたわけではなかったらしく、夏樹は少し慌てた様子で手の力を抜いた。悪意があった訳ではないらしい。そのあたふたした感じを見て、私は少々面食らった。
あれ・・・待てよ。もしかしなくてもこいつ、童貞か・・・?
「・・・・・・」
「じろじろ見んなや。言いたいことあるならハッキリ言え」
「や・・・全然・・・」
「張っ倒すぞ」
えだって・・・だって夏樹童貞なんだ?え、ほんとに?いやいや、え、え。ほんとに?待ってそれは可愛すぎる。これから私の事知ってそのまま私しか知らなくなるの?それはいいのか?いいの?え、ヤダ嬉しい。全然誰とも共有しなくていいって事?
「は、初めて・・・だったりする・・・?」
これ以上なく遠慮がちに尋ねると、思いっきり顔をしかめた彼に睨み下ろされた。
「あんた俺がいくつで死んだと思ってんねん。18やぞ。しかも拗らせた幼馴染がおったせいで全然関係が進展しぃひんし」
心底不機嫌であると顔面に張り付いた表情をして、夏樹は視線を逸らしながら早口でまくし立てた。それでも裸の胸に置いた手が離れない辺り、なかなか童貞してる。
「拗らせてたのはそっちもでしょ」
「どこがやねん。俺は素直が取り柄や」
素直だなんて、本当にどこのどいつが言うんだろうか。天邪鬼もいい所のくせに。夏樹の言葉に非常に引っかかった私は、一旦過去の事をほじくり返すことにした。
「でも体育祭の時いい雰囲気だったのに告白してくれなかったじゃん」
「あんな人がちらほらいる場所で思春期真っ盛りの俺が告白なんてできるわけあるかボケ」
「じゃあ夏休みにたまたまふたりっきりになった時は?」
「あ、ッ、あれはその、タイミングが・・・だー!もー!黙っとれ!先に進まんやろが!」
問い詰める私を怒鳴りつけた夏樹は、そのままもう一方の胸にも手を添える。さっきの痛いという言葉はそれなりに響いているらしく、今度はそっと優しく触られた。
その反省に免じて「先に進めたいんだ?」という言葉は飲み込むことにした。
「んっ、ふふっ、はーい」
「ほんまに腹立つわぁ・・・」
ボヤく夏樹すら可愛くて、でもあんまりイジりすぎると空気が悪くなるよなと自重する。彼の手はすごく温かくて心地いい。そもそも「夏樹の手」というそれだけで、私が刺激を快感へと変換するには十分な要因だ。
ふにふにと触り心地を確かめるように胸に触れる彼が堪らなく愛おしい。その慣れていなさそうな感じがまた、最高にイイ。
「夏樹」
「あん?」
「夏樹も脱いで」
少々ドスの利いた返答をさらりと流して要求だけ突きつける。
挑発するように、でも甘えるように見上げて強請ると、夏樹はぴきっと固まった。
別にいいでしょ。我儘にさせてよ。だって私もあなたも、シたい事は一緒でしょ?情緒なんてくそくらえ。私は、さっさとあなたを全部私の物にしてしまいたい。
夏樹の喉仏が上下に動く。
ねえ、興奮してる?
してたとして、まだ足りないよね。もっと
私は、もう余計なことなんて考えないで、野獣みたいなセックスがしたい。
だって人間じゃなくなる、なんて意味の分からない事、深く考え出したらすごく怖くなってしまいそうだから。それでまかり間違って、夏樹から逃げ出すなんて考えが浮かんだりしたら、きっと自分で自分を殺したくなるだろう。だから、そんな余計な考えが浮かばないように、ぐちゃぐちゃになってしまいたい。
欲望と焦燥の混ざった何かが私の中心を支配していた。どちらにしたって結論は一緒だ。早く夏樹と繋がりたい。
私の服を平気で切り裂いたくせに、自分の服を脱ぐのは躊躇われるのか、彼はぴしりと固まったまま動かない。まったく何をやっているんだかと、彼の作務衣の前紐を引っ張った。当然、それはするりと簡単にほどけて、はらりと前身頃がはだける。
「ちょっ」
「私もうおっぱい丸出しなんですけど?」
「っ・・・」
私の主張に何か言う事は出来なかったらしく、夏樹は黙ったまま内側の紐も外すと、小慣れた仕草で内側の紐を解いた。
するり、と作務衣の上衣が肩を滑り降り、夏樹の上半身が露わになる。
今度つばを飲み込んだのは私の方だった。
思った以上にがっちりと筋肉の付いた夏樹の体が、ちょっとエロすぎてズルい。ズルいし、それはちょっとしんどい。
なんとなく私の方が上手に立った気になって落ち着いていた鼓動が、一気に走り出してしまう。馬鹿正直な自分の心臓に少々呆れてしまうが、そんな事を思ったって動悸は治まらない。
上手く言葉が出なくて、でも触れたくて、幼い子供が抱っこを強請るように、彼へ向かって両手を突き出す。夏樹は黙ったまま私に首を差し出してくれた。首に腕を絡めるのと同時に、裸の胸同士が重なる。
肌が直接触れ合うという、ただそれだけの事なのに、直に肌が触れ合う温もりの心地よさに思わず息を飲む。彼は体温が高いと感じていたけれど、こうして触れると、それは更に顕著に感じられた。触れた場所から溶かされてしまいそうだ。
「っ、は・・・」
「急に静かになりよる」
頭だけ持ち上げた夏樹が、至近距離で私を見下ろして悪戯に笑った。胸が締め上げられるこの感覚は、一体どの臓器で味わっているんだろう。心臓だろうか?肺だろうか?それともそこに、心があるとでもいうのか。
余計な事を考え出した私の頬を撫でた彼は、そのままキスをした。
こんなに心地いいのに、まさか拒む理由もない。
蕩けてしまいそうな心地の良いキスに、なんでこいつ、キスだけこんなに上手いんだろうと変な不満が脳裏をよぎるけれど、咥内に入って来た温かい舌が上顎を撫でる感触に、そんなのどうでもよくなってしまう。
掌で彼の背中を撫でおろす。脇腹を爪で掠めるように這い上がり、髪の中へ手を入れて悪戯に猫耳をマッサージして、それからまた首筋を伝って背中を撫でて・・・。
時たま私の手の下で、夏樹の体がびくりと震えるのが可愛い。真似をするように、彼の手が私の体を優しく這いまわる。肩を、二の腕を、脇腹を、顔の輪郭を、それから耳を。
少したどたどしい動きが却って私の呼吸を乱す。キスをするのが苦しい。でも辞めたくない。
「んっ、はっ、ちゅ、んぅ」
「っ、はぁっ、かわい」
息継ぎの合間に挟まれた「可愛い」に、心臓が止まりそうになる。「可愛い」なんて、適当に穴に突っ込みたい男が、適当に口説く時に使う、十把一絡げの売り文句だと思ってきたのに。なのに特別な人に言われた瞬間、それは魔法の言葉に変わってしまった。
顔が熱い。
多分真っ赤になってる。
可愛いって言われただけなのに、そんな初心な反応をするなんて恥ずかしい。
そう思うのに、夏樹はさも嬉しそうに「照れてんの?」なんて囁いて、私が余計な事を言う前に、また唇を塞いだ。
余計な茶々を挟めないせいで、ペースが完全に夏樹に握られている。シーツを無駄に乱すだけだった足を、夏樹の太ももと腰に絡めてやる。夏樹がびくりとするのが分かって、非常に気分がよかった。
ただ、少し体を離した彼が、胸を下から掬い上げるように柔く掴んだせいで、そのいい気分はあっという間に焦りにとってかわられてしまった。
「なあ、ここってどう触るのが気持ちええん?」
にんまりと優越感を滲ませた笑みが私を見据える。そんな大人な夏樹は全然知らなくて、でもどう見ても夏樹で、もう息をするのすらしんどい。
不埒な手を払いのけるなんて、もちろんできるはずもなく、じり、と視線を逃がす。それでも、初めてである彼に、とりあえず察して上手にセックスしろというのもなんだか違う気がする。・・・なんかものすごくこう、なんだ。気まずいんだけど、でもとりあえず、聞かれたことには答えよう。
「ん、優しく・・・、触って欲し、」
「こう?」
「ぁっ!んっ、んっ、ふっ」
指先でつつ、と掠めるように胸の輪郭をなぞられ、ぞわぞわと肌が粟立つ。夏樹の指先が触れた場所から、波紋が広がるように全身へ、緩い快感の波が広がっていく。
暴れ出したいような、縋りつきたいような感覚を、シーツをひとつ蹴る事で逃がす。
「こうすんのがええんや?んはっ分かりやす」
「ふっ、ぅ゛ー」
違う、なんて初めての相手に下手な事を言って、間違った方へ行くのも嫌で、否定もできない。そもそも、実際気持ちがいいの「違う」なんて嘘でしかない。
とりあえず夏樹と繋がれたらなんだっていいけれど、私だってできれば気持ちのいい行為がしたいのだ。だからこれは、必要な前段階で、だから、全然恥ずかしいことじゃないはずで。
頭の中で、童貞相手に唯々諾々と流されている現状への言い訳をつらつらと並べ立てる。
が、やっぱり悔しい。悔しいのだけれども結局、私にできる事と言ったら、唇を手の甲で覆って甘えた声が出るのを封じ、視線を横へ逃がし、唸り声で遺憾の意を表明する事くらいだった。
「なあ教えてよ、経験豊富なお姉さん?こっちも優しく触られたい?」
「はっ!ぅぁっん゛っふぅぅッ」
ふに、と親指が私の乳首を優しく圧し潰す。
胸に触れられているだけだというのに、あまりに気持ちがいい。この程度の事であんあん鳴くなんて「お姉さん」などと揶揄された後では恥ずかしすぎる。ぐっと奥歯を噛みしめて声を殺す。
優しく優しく撫でられる乳首が、じりじりと硬く立ち上がっていく。もうちょっと強い刺激が欲しくて、でもそれを言うのは恥ずかしすぎて、とてもじゃないけれど口を開けない。
夏樹がどんな表情をしているのか堪らなく気になるけれど、見たらもっとドキドキして心臓が取れてしまうような気さえするから、視線も逸らしたまま、ついには目をきつく瞑っている始末だ。
「なぁ硬くなってんで。気持ちいいと女も勃つんやなぁ?」
「っ、せ、いり現象、だ、し、っ、ぁっ」
意地悪ばっかり言われるのに我慢ならなくなって、思わず睨み上げて文句を言った。なのに、見下ろす視線と目が合った瞬間、声がしりすぼみに小さくなってしまう。
真っ直ぐ私を見下ろす夏樹は、少し頬を上気させ、うっとりと私を見下ろしていたのだ。その恍惚とした表情の破壊力と言ったらなかった。
「・・・なあ、目ぇ逸らさんと、俺の事見ててや。そうやって見上げられんの、めっちゃそそる」
「っっ!」
「んで」
余裕綽々の態度に腹が立つ。同時に胸の奥が酷く疼く。
夏樹は立てていた膝を伸ばして、ベッドの上、というか私の上にのしりと寝そべった。体重がかかって多少重たい。なんならちょっと息が詰まる。それでも、一応自重を肘で支えてくれているので、息ができないというほどではない。
問題があるとすれば、こんなに感じてる状態で、夏樹の熱い肌が私の肌と広く触れ合ってしまうというこの一点に尽きる。
ばくばくと跳ねまわる心臓をまるで制御できない。こんなの、きっとご立派な猫耳がなくたって聞こえてしまう。
うっとりとした視線から目を逸らせないままだった私は、胸の谷間に猫のようにすり寄った彼の甘やかな上目遣いに完全にやられていて、まともに喋る事もできず、ただ餌を強請る鯉のようにはくはくと口を開閉することしかできない。
「やっぱ舐められるのも気持ちいいもんなん?」
「っ、私胸はそんな、にィっ!」
揶揄ってくる彼の言葉でようやく言語野に回線がつながった物の、やりたい放題の夏樹を止めるには至らなかった。
人の物よりざらつく舌が、ねろりと乳首を舐め上げたのだ。とてもじゃないが、言葉を最後まで言い切る事ができなかった。
乳首を舐められる、なんて、言うならばそれだけの事なはずなのだ。普段ならちょっとくすぐったい程度。気持ちよくなろうという意識があれば、感じられない訳ではないけど、そうは言ったって言葉が中途半端に途切れる程の物ではない。
それなのに、走った刺激は予想していたものをあっさりと上回るものだった。
「なん、はっあっ」
息が上がる。
熱くて、少しざらつく舌が乳首の上を這う快感が、子宮を猛烈に疼かせる。
どう身を捩っても気持ちがよくて、口元に手の甲を当てながら首を仰け反らせてしまう。
待って。待って、好きな人とするエッチってこんなに違うの?
「なあ、目ぇ見とってって」
「ぁっふ、ッ、ん、ふぅっ」
首を仰け反らせてしまったのも、つま先でシーツをかき乱し、顔の横のシーツを引っ張るように掴んでしまうのも、もはや反射的な行動だった。
目を見ているなんて、そんな余裕はどこにもない。でも、流石にそんな事を言うのは悔しすぎる。ちょっと服を脱いで、胸を舐められたってだけなのだ。ぐっと奥歯を噛みしめて、顎を引き、夏樹を見下ろす。
「っ、ぁっ、っ・・・」
ああくそ。見たりしなきゃよかった。
妙に可愛い仕草で首を傾げながら、横から乳房を掴んでソフトクリームを舐める時のように大きく舌を出した夏樹が、それを見せつけるようにこちらを見上げていたのだ。私と目が合った途端、嬉しそうに目元だけ緩めて、大きく露出したその舌を乳首に貼り付けた。
「あッ!く、っ」
「で?胸はそんなに・・・なんやて?」
「ふっ、っ、あ、ッ、生意気っ!」
「はっ!こっちの台詞やわ」
尖りきった乳首を、舌全体を使ってべろりと舐め上げ、そのまま口に含みちゅうっと吸い上げられる。喉を絞めて必死に声を我慢しようとして「くぅっ」と中途半端な声が漏れた。
「なぁ」
「あ゛っ!?」
「あ、ごめ――――」
彼が口を開いて乳首を解放した瞬間、あまりに強い刺激が走ってあられもない声を上げてしまった。組み敷かれた彼の下で、大げさなくらい体が跳ねる。
恐らく、態とではない。たまたま、本当にたまたま、彼の、人間よりも鋭利な牙が乳首の先端を掠めたのだ。唐突に与えられた強烈かつ直接的な快感が、優しい快感で焦らされていた体にはあまりに強くて、決して絶頂したという訳ではなかったけれど、体がびくつくのを止められないくらいには気持ちよくて、まともに呼吸も整えられない。
「へぇ?」
にんまりと笑っているのが声だけで分かる。
違う。ちょっと待って。なんか勘違いしてるでしょ。待って、待って本当に違くて――――!
「ちょ、ッ、待っ」
「これそんなにイイ?」
「ん゛っ゛、ッ!は、あッあッ!」
「・・・なにそれ。ヤバい可愛いやん」
びんっと背中が反り返る。彼の体の下でそこまで動けなかったけれど、それでも背骨に沿って筋肉が収縮したのが自分でもわかった。
夏樹が乳首に牙を立てたのだ。優しく、力加減に気を付けながら、でも舌で舐めるよりも明らかにハッキリとした快感。
だめだ、だめ。まだズボンも脱いでないのに、私なんでこんなに呼吸を乱しているんだろう。まだ前戯もいいところだというのに、なんでこんな信じられないくらい感じちゃってるんだ。だめだ。こんな調子じゃおかしくなってしまいそうだ。
ぐちゃぐちゃにされたいなんて、ついさっき考えていたはずの思考は、恐怖に近い焦りに飲まれ、どこかへ消えていた。
「待ってっ!待っ、つッ!ハっ」
「んー?」
夏樹の髪を引っ張って、胸から引きはがそうとしてもまるで歯が立たない。彼の下から這い出そうとベッドを蹴るものの、いつの間にか、手が片方、肩を掴んでいてうまくいかない。
何もできないまま、乳首をかしかしと柔く噛まれ、かと思えば丁寧に
「んぁっあっだめっ、ぁっ、も、だめェっ!」
「んー、痛くないんやろ?ならもうちょっと・・・」
そんな優しい言い方しないでよ。なんでそんな風に言うの。なんかもう気持ちよすぎてダメなのに。ちゃんと拒否したいのにッ!
ざらりとした舌がくすぐるように乳首の先端を舐め擦る。悶絶したいくらい気持ちがいいのに、夏樹の体が邪魔でまともに動くこともできない。
「ふぅっ!ふっ!んぅぅッ゛!」
もう「だめ」と言う事すらできなくて、私は両手を目の上で交差して、せめて声を押し殺すために、ぐっと奥歯を噛みしめる事しかできなかった。
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