雪の降る夜に

リラックス夢土

第1話 雪の降る夜に

「危ない!」


 僕は線路の真ん中に立つ彼女の体を抱きしめて線路の外に引っ張る。


 いつもの帰り道。

 夕闇に包まれる時間に雪深い道を歩いてたら電車の踏切の中の線路に彼女が立っていた。


 踏切は電車が来ることを報せる警報が鳴っている。

 僕が彼女を線路の外に連れ出した瞬間、電車が目の前を通過して行った。


「おい、死にたいのか!」


 僕はその見知らぬ高校生ぐらいの彼女に思わず怒鳴った。

 しかし彼女は表情を変えずに呟く。


「私、死ねないの」


 それ以上彼女は何も言わない。


 仕方なく僕は彼女を自宅に連れて帰った。

 目を離したらまた彼女が線路に立つような気がしたから。


 自宅にはまだ両親は帰っていなかった。

 僕の両親は共働きだ。


 僕は彼女をリビングのソファに座らせて彼女に温かいお茶を淹れて出す。


「なんであんな所にいたんだ? もう少しで電車に轢かれるところだったんだぞ!」


 彼女はお茶を飲みながら答える。


「私、死ねないの」


 死ねないってどういう意味だろう。

 死にたいとは違うのだろうか。


 すると彼女が僕を見てニコリと笑った。

 その笑顔に僕は心臓がドキリとして胸が高鳴る。

 僕は慌てて彼女から視線を逸らした。


 綺麗で可愛い。


 純粋にそう思った。


「貴方は優しいのね。私、貴方のことが好き」


「え?」


「貴方は私のことが好き?」


「好きだ」


 僕は気が付いたらそう答えていた。

 彼女とは初対面なのになぜかどこかで出会ったことがある気がする。


 だけど僕はブルッと頭を振った。


 そんなはずはない。

 彼女とは今日が初対面のはずだ。

 いくら彼女が僕のことを好きって言ったからって僕も好きだなんて答えるのはどうかしてる。


「そういえば君の名前は?」


「……」


 彼女は答えない。


 さっきのことで変な奴って思われたかな。

 でも先に「好きだ」と言ってきたのは彼女なのに。


 彼女が名前を名乗らないので僕も自分の名前を言わなかった。

 気まずさを紛らわすように窓の外を見るともう暗くなっている。


 これ以上、自宅に高校生の男女が二人きりなのはまずいかもしれない。

 帰ってきた親に知らない女生徒を連れ込んだと怒られても僕も困る。


「家まで送って行くよ」


 彼女が無事に自分の家まで帰るか不安だった僕は彼女を送って行くことにした。

 嬉しそうに彼女は頷く。


 もし彼女がどこの誰か分かったら友達になりたいな。


 さっきは拒絶されたような気分にもなったがやはり彼女は可愛い。

 でもこの近所で彼女の姿を見かけたことはない。


 ここは田舎町だから高校は地元にひとつ。

 彼女が僕と同じ地元の高校生なら僕が彼女を知らない訳はない。


 もしかしたらこの町の親戚の家にでも来ていただけなのかも。


 自分をそう納得させた僕はすっかり暗くなった外に彼女を連れて出た。


「君の家どこ?」


「踏切の先」


 それ以上のことを彼女は言わない。


 踏切の先には数軒の民家があったはず。

 彼女の家はそれのどれかだろう。


 自宅じゃなくて親戚の家かもしれないがそれでも彼女に帰る家があることに僕はホッとする。


 僕は彼女の言葉に従い先ほど彼女と出会った踏切までやって来た。

 すると雪が降り始める。


 早く彼女の家まで行かないと。


 そのまま踏切を渡ろうとして線路の中央に足を踏み出した時に頭に激痛が走った。


「う!」


 僕は線路の上に倒れ込む。


 彼女はいつの間にか手にしていた棒を置いて僕の倒れた体を抱き締める。

 そして美しく可愛い唇で彼女は僕に囁いた。


「ねえ、貴方となら、私、死ねるわ。いつまでも一緒よ。愛してるわ」


 僕の意識は段々と薄らいでいく。

 暗闇に沈みゆく意識の中、僕はあることを思い出す。


 そうだ…彼女は僕が……だった…だから彼女は…死ねないのか……ごめん……


 その瞬間、電車のライトが近付き警笛の音が雪の降る夜に鳴り響く。

 最後に見た彼女は幸せそうに微笑んでいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

雪の降る夜に リラックス夢土 @wakitatomohiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ