第7話 最後の空①
「ハァ、ハァ」
『よくここまで強くなったな。私の六割の本気にここまで着いて来れるようになった。それもこの短期間でだ』
「それは、どうも」
息が上がるくらい必死にくらいつけるというこのレベルで、まだ六割なのかよ。おかしいだろコイツ。
『それで?続けるか?』
「ハア、ハァ、まだ、だ」
もう少し、息を整える時間をくれ。
『そうか、まだ続けるか。ならばいくぞ』
「ちょ、まっ」
振り下ろされた剣を躱し、背を向けて走り出す。
邪神は当然のように背後から迫ってくる。
それを察知すると走った勢いをなるべく殺さないように減速し、回転しながら斬りかかる。
当然のようにその剣は弾かれる。だが、俺は弾かれる直前に剣を手放し、魔力を凝縮して剣を作り出す。そして、そのまま剣で再び斬りかかろうとする。
だが、直前に邪神の左手に俺の腕を掴まれたことでその奇襲は防がれた。これもダメなのかよ。
『いまのはよかった。初見かつ相手が私でなければすぐに反応はできなかっただろう』
まっすぐに褒められる。上から目線なのはしかたがない。実際、コイツの方が強い。それは事実なのだから。
神の言った通り、あれから五日後に神格とやらは目覚めた。
神器のような形を持っていないが、根拠もなく手に入れたという実感がその時に生まれた。
邪神に神格のことについて聞いてみると、どうやら神格のことは神から説明があったらしい。
神格を得た際に身体能力は上昇したが、それでも邪神にはいまだに手も足も出ない。
実際、レベルが上がる前と比べると邪神がフェイントを使い出し、剣を振るのと移動する速度が上がったことくらいしか違いがなかった。
さっきの攻撃も、神格による身体能力の補正がなければできなかったことだ。・・・まあ、失敗したわけだけど。
だからこそ、悔いが残る。
『さて、これで今日の特訓は・・・違うな。特訓は終わりだ。そうだな?』
「・・・ああ、そうだな」
俺は、俺の神格『
身体能力の補正は他の神格や神器でも持っているあたりまえのものだ。だから、それが清浄の心臓の能力ではない。
これの能力は、他にも副次的なものはあるが、主に『邪神となったものの魂を解放する』というものだ。
発動条件は『発動すると念じながら邪神に触れる』というものだ。たったそれだけのことで、何百、何千、何万年もの間邪神になっていた人の魂を解放できる。
ならなぜすぐに使わなかったのか。
俺が邪神と別れたくなかった。という理由ももちろんある。
なんだかんだコイツと過ごした日々は、俺の中で大切なものになっている。
だからこそ、別れるのは辛い。できるならもっと一緒にいたかった。
だが、もしそれで俺が死んでしまうとどうなる?コイツは目の前で自分が救われる可能性を無くしてしまうことになる。
そうでなくても、神がいうにこうして自我を持って話せているのが不思議なことらしい。
だから、コイツがコイツであるうちに解放する。それが俺が邪神にできる唯一の恩返しになるからだ。
それとは別に、すぐに解放しなかったのには理由がある。
それは、邪神の中の魂を解放することはできるが、同時に魂がなくなった肉体は暴走し、それを行なった俺を殺しにくるのだ。
だからこそ、コイツに通用するレベルになる。またはコイツの魂の限界がくる。そのどちらかまで行わないことを決めたのだ。
そして、今日は邪神と過ごす最後の一日になる。決行は、明日の朝だ。
寝なくてはいけない。だが、今日が最後になる。そのまま眠りにつくことができず、俺は
『それを食べるのはやめた方がいい』
その声にビクッと反応する。俺の手にはエナジーベリーがあった。
『話したいなら話してやる。オマエが眠るまで、な』
「・・・悪い」
邪神の横に座り、一緒に空を見上げる。そこには無数の星が輝いていた。
「キレイ、だな」
『ああ、そうだな』
お互いに黙り込んで星を見る。
いままでエナジーベリーの副作用や特訓のせいで夜は眠っていたからいままで見たことはなかった。
村にいた頃ですら、こんなにもキレイだなんて思わなかった。
その沈黙を破るように、邪神が話しかけてきた。
『いまだから言うが、私がオマエを鍛えた理由はオマエが私を殺せるかもしれないと思ったからだ』
「だろうな」
じゃないとコイツにはなんのメリットもない。
『神格のことはオーロラから謝罪と一緒に聞かされていたから知っていた。だから、神器を持っていないオマエを鍛えた。まさか、殺されるのではなく解放されることになるとは思わなかったがな』
「別にいいだろ。結果だけ見るなら同じことだ」
これは、ハッピーエンドの物語の世界じゃない。邪神の魂を解放できる。この時点でご都合主義は起きているんだ。それ以上のことはきっとできない。
「・・・ごめん」
『それはなんの謝罪だ?』
「俺が、物語の主人公ならオマエを人間に戻すことができたかもしれない。でも、俺は」
『主人公だよ』
突然、邪神に頭を撫でられる。そして、無機質だが優しさを感じる声で続ける。
『どうしても死ねない私を殺せる存在。それが私が本来望んでいたものだ。だが、オマエはそれ以上のことを、私の魂を解放できる存在になった。私というヒロインからしたら、それこそ白馬に乗った王子様だ』
まあ、こんな姿のヒロインなんて望まれていないだろうがな。
そう呟いた邪神の声を聞き逃さなかった。それに俺は
「白馬の王子様って、結構ロマンチックなところもあったんだな」
『な、う、うるさい!!これでも私は女なんだ。夢くらいみてもいいではないか!!』
そう言ってそっぽを向いた。
しばらくそのままでいたが、邪神から声をかけられる。
『いまさらだが、自己紹介でもしておくか?』
「・・・そういえば、してなかっt」
星から邪神の方に視線を移す。その時、邪神の背後に邪神と同じようにこちらに視線を向け、同じ体制で立っている炎のように赤い髪を肩まで伸ばした鋭い目つきだが美人と呼べるくらいに整った顔をした鎧姿の女騎士の姿があった。だが、瞬きをした瞬間にそれは消えてなくなった。
『どうした?』
「え、あ、いや。なんでもない。俺が先に言わせてもらう。俺の名前はシャルマだ」
『シャルマ、か。かつての私の友人に似た名前だな』
「そうなのか?」
『ああ、そうだ。私と一緒に育てられ、魔法師団になり、私と違って小動物のような愛くるしさがあった女でもあり、そして・・・私が邪神になって初めて殺した相手だ』
再び沈黙が支配する。そんな空気を打ち破ったのは元凶である邪神である。
『次は私の番だったな。私は●●●・・・その感じは聞こえていないようだな』
「ああ、悪い」
声は聞こえた。だが、頭がその情報だけ理解しなかった。
『邪神になると、名前を奪われるらしい。私は自分の名前を覚えている。だが、世界がそれを拒絶するらしい。オマエならもしかしたらと思ったのだが・・・すまないな。オマエ・・・いや、シャルマだけに自己紹介させてしまった』
「いや、別にいい」
コイツの意思だけでどうにかなる問題じゃないしな。・・・これは。
「そんなことより、空を見ろよ。綺麗だぞ」
『星だろ?そんなことは知って・・・』
これは本来はありえないことなんだろう。0パーセントといってもいいことだ。だが、そんな奇跡を超えたことが目の前で起こっている。
そんなことを起こせるのはきっと、神という存在しかいない。
だから、これはきっと神にとって謝罪のつもりなんだろう。
虹色に輝く光のカーテン。
本でしか知らない、生まれて初めて見る神と同じ名前のその現象。
そう、オーロラが夜空にあったのだ。
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