第15話 朝活
○朝活
モトキはサトシとヒカルが話しているところをよく見かけていた。以前はまったく気にならなかったのにこの頃は妙に気になる。サトシを見つめるヒカルの表情にもモトキはあまり良い気持ちがしなかった。
(あんな顔……俺には見せないじゃんか、ヒカルの奴……)
モトキはそれが嫉妬だなんて知る由もなくて、ただ、なんとなくモヤモヤした。
「ああーっ!」
モトキはどうしようもないモヤモヤを声に出して吐き出そうとするが、行き場がなくて後悔する。
「中庭にでも行こう……」
モトキは一人で歩き出すと中庭へと向かった。
中庭では、以前、ここで上級生の飯島愛梨と出会ったのだ。あの時に憶えた香りと新鮮味に身を委ねる。
「はあーっ」
さすがに授業の合間の短い休憩時間では誰にも会うことはなかった。モトキは中庭にあるビオトープの池の水の流れを追いかけた。小便小僧の石像から流れ出る水はチョロチョロと音を立てた。その水が飛沫を跳ねて水輪を作り、池に広がっては消えて行く。そうして水の動きを見ているうちにモトキはまた想いを願った。
(ヒカルが好きなやつと結ばれますように……)
「よっし!」
モトキは水面を眺めていた体を起こして背伸びをした。両腕を思いっきり上に伸ばすと空と目が合った。
「うわあ〜! 眩しい……」
モトキは目も開けられないほどの日光を浴びると授業へと教室へ戻った。
誰も見ていないと思っていた中庭の様子も上級生のクラス棟からは見えていた。そこで飯島愛梨もモトキの様子を伺っていた。
「あの子、何をやっていたんだろう? クスクス」
放課後、モトキは飯島愛梨に会いに行こうと思っていた。先日の申し出の返事をするためだった。モトキは生徒会もビオトープ同好会もどちらも辞退するつもりでいた。実際、生徒会にもビオトープにも興味はない。ただ、上級生の愛梨には魅かれた。この気持ちは正直に伝えたいがそれだけだ。
モトキはどこに行けば愛梨に会えるのかと思案する。さすがに上級生のクラス棟でウロウロ探す勇気はない。
「中庭で待つか……? それとも、生徒会室……?」
モトキは独り言をこぼすと、やはり、中庭へと歩き出す。
「お〜い、モトキ〜? お前、これからどこに行くんだよ〜?」
モトキを見つけたサトシが話しかけてくる。
「おう、サトシ、いまから部活〜?」
「まあな〜、んで? モトキは?」
サトシはモトキの肩に腕を乗せて言う。
「ああ、俺? ちょっと、野暮用? って言うのかな〜?」
「はあっ? お前にもそんな用事があったのかよ?」
「う、うるせえなあ〜、サトシ〜」
モトキはサトシの腕を下ろそうとして掴んだ。
「俺もついていってやるよ?」
「はあっ!?」
モトキはサトシからの言葉が意外だった。
「な、なんで? お前が……?」
サトシはモトキの意外そうな顔を見てほくそ笑む。
「フフフ……だってさあ〜、めっちゃ面白そうじゃん? モトキの野暮用?」
サトシは逃さないぞ〜と無言でモトキを締め付ける。
「い、良いけど……べ、別に……」
サトシは当然だと言う顔で上機嫌に歩き出す。
「んで? どっち? どこに行く訳?」
「中庭……お前が前に話してくれただろう? あの、小便小僧に願った話……そこだよ」
モトキはサトシの腕を外すと制服の襟を直した。サトシはそれを気にせずにサッサと先を歩いて行く。
中庭に着くと上級生の愛梨がそこにいた。約束をした訳でもないのに愛梨はそこで待っていた。モトキは焦って躓きそうになった。
「うわっ!」
「だ、大丈夫〜?」
愛梨はモトキへと駆け寄って来る。サトシは二人の様子を見ると、すかさず二人の間に割って入った。
「コイツ、大丈夫ですよ?」
サトシはニヤニヤと言った。
「えっと……君は?」
愛梨はモトキとサトシを見ながら確かめるようにして言う。
「ああ、俺、モトキのダチ。親友っすね〜」
「親友?」
「はあ、まあ、そうです……」
モトキはサトシの背中にパンチを喰らわした。
「あっ、イッテ〜」
「クスクス」
愛梨は笑う。サトシはその様子を見ると楽しそうに言った。
「待ってたんですか? コイツのこと?」
「えっ? ああ……そういうわけじゃないけど……」
愛梨は姿勢を整えながら話を続ける。
「私、クラス棟から結構、よく観察してるのよ、この中庭のこと。だから、今日はモトキくんのことも見えてて……それで、いま、ここに来て見てたって訳」
「何してたんだろう? ……的な?」
「うん、まあ、そう」
愛梨はまだクスクスと笑っている。モトキはバツが悪くて尻込みしている。
「モトキは? 用事があるんだろう?」
「はあっ?」
「野暮用? そう言ってたよな?」
「あっ、おいっ、マジかよ……?」
モトキは愛梨が機嫌を損ねていないかとヒヤヒヤした。
「野暮用……って、なあに?」
「えっと、その……」
「何だよ、モトキ? 歯切れが悪いぞ?」
「おまっ、お前が変なこというからだぞ、サトシ」
「俺かよっ?」
サトシは余裕たっぷりに笑っている。
「え、えっと……」
モトキはどこから話そうかと迷っている。愛梨はなかなか話し出さないモトキを見て、自分から話しかけた。
「ねえ? 考えてくれた? 生徒会と同好会のこと? モトキくん?」
愛梨は後輩の様子を遠目で眺める。
「おいっ? 何の話だよ? 生徒会? 同好会?」
モトキはサトシの為に詳しく先日の内容を話して聞かせた。
「へえ〜、面白そうじゃん? お前、断るつもりかよ〜?」
「えっ? モトキくん、断るつもりだったの?」
愛梨は残念そうに顔を曇らせて行く。モトキは愛梨のそのリアクションには予想だにせず何だか悪いことをしてしまったように感じた。
「あ、あの……」
モトキが何かを話そうとするとサトシが横から言い出した。
「同好会って、いいんじゃないっすか? 俺、ここの池、好きだし。他の奴らも誘って〜?」
「あら? あなたもファンなの? ここのビオトープ?」
「ああ、俺、生き物全般に好きなんで」
サトシはニヤリと笑って見せる。
「へえ〜、何だか嬉しいな。そういう子が他にもいて」
愛梨は嬉しそうな顔に戻っていた。
「ああ〜、でも、俺……放課後はヤバいっすねえ〜」
「それなら、私もよ?」
愛梨とサトシは二人で頷きあう。
「えっ? な、なんで……?」
モトキは一人だけ分からなそうな顔をして二人をチラチラと見た。
「いや、だって、俺、放課後はバスケ部の練習があるしさ……」
「私も生徒会……」
「そ、そうか……二人はすでにもう所属する活動があるもんなあ〜」
モトキは今更なことに気づいて、それなら、もうこの話はナシなのだと思った。モトキがそう思っているとサトシが言う。
「同好会なら朝活ってどうっすか? 俺らもさすがに朝練はしないんで」
「そうね〜、生徒会も朝練はないわね、さすがに……」
「朝の挨拶運動とかってしてません? あれ? 生徒会でしたよね?」
「うん、そう。モトキくんも知ってた?」
「はあ、まあ……一応は……」
「クスクス。その顔は、モトキくん、ほとんど遅刻ギリギリに登校するタイプ?」
「えっ? う、わ、わかります?」
「うん、急いで来る子たちはみんなそんな感じ」
愛梨はまた楽しそうに笑った。
「じゃあ、ビオトープ同好会は朝活にしましょ? 他にもメンバー誘ってきて? 私も誘ってみるから。朝だけだから短い時間にはなるでしょうけど。楽しい時間にしましょうね?」
「えっ、マ、マジで? やるんっすか?」
「もちろんよ、モトキくん、嫌なの?」
「え、いや、嫌って言うか……意外だったと言うか……」
モトキはどちらも断るつもりだったとは言えなくなった。サトシはモトキの様子を見て揶揄うようにいう。
「お前? みかんって、こういうことだろう?」
サトシは鼻をヒクヒクさせる。
「わっ、ば、バカ、やめろって……」
モトキはサトシが卑猥なことを言い出しそうで慌てて止めた。
「ん? なあに? みかんって……?」
「うわ〜っ! な、なんでも、ないです! ハイッ!」
モトキはサトシを愛梨から押し離すと慌てて愛梨の元に駆け寄った。
「じゃ、じゃあ……朝活ってことで。よ、よろしくお願いします」
「うん、わかったわ。よろしくね、モトキくん、サトシくん?」
「了解っす」
サトシは頭の上で大きな丸を作って見せた。
サトシたちは愛梨と別れると校内をまた歩いた。
「おいっ、サトシ、何だよ? お前まで一緒に活動するのかよ?」
「ええ? いいじゃん? 楽しいじゃん?」
「楽しいじゃんって、お前なあ〜」
モトキは複雑な気持ちでサトシに言う。
「ああ、あと、俺、ヒカルも誘うからな〜?」
「えっ? な、なんで、ヒカル?」
モトキは意外な名前が出たことで声がひっくり返った。
「ヒカルもいたら楽しいじゃん?」
「え、ええー……」
モトキは愛梨の前だと格好がつけられない自分の姿をヒカルには見られたくないと思っていた。
「何だよ? モトキ〜? お前、怖気付いてんの〜?」
「べ、別に……ん、んなこと、あるかよ……」
「ビビってんじゃん?」
「ち、チッげ〜よ……」
「いいんじゃねえ? お前、いっつもヒカルにはマウント取ってばっかりじゃん? たまには、そうじゃないところ晒せば?」
「マ、マウントって……」
(た、確かに……俺って、ヒカルの前だとカッコつけようとして……強引だよな……)
モトキは今までならこんな風に思うこともなかったのに、中学に入ってからは何となく違いに気づいていた。
「お前が思ってる以上に、ヒカルはお前より年上だぞ? 年上好きの俺が言うからには間違いねえぜえ〜?」
「な、なんだよ、サトシ? 妙に意味深だよなあ〜?」
モトキはサトシの発言が腑に落ちないでいる。
サトシはモトキと別れると体育館へと走っていった。モトキは帰宅しようとして昇降口へと歩く。特別室棟の端っこから吹奏楽の音が鳴り響いてくる。モトキはヒカルとも朝活ができたらと喜んだ。
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