ギャルJKの謎行動

すだち

第1話

「謎行動?」


そういって隣の鈴木は物陰に一緒に隠れながら興味深いというふうにこっそりと耳元で聞いてくる。


 俺の片恋相手、加奈さんは放課後、長時間学校のトイレに入ったまま出てこないときがある。俺の日課である尾行に気づいて、トイレの窓から逃げたのではないかとも考えたが、このトイレは二階だし、梯子でもない限りは無理だ。誰かに協力してもらって窓から逃げた? だがそれだと俺の尾行が周りにバレていることになる。その後尾行を止めるように加奈さんや彼女の友人たちから圧力をかけられるといった出来事はなく、それならなぜ毎回姿を暗ますのか説明がつかない。つまり彼女は初めから逃げ隠れなどしていない。おそらくは俺に起因することのない理由で長時間トイレに居座らざるを得ない状況に面しているということだ。


 単純に考えれば、一つは強い腹痛を催して長時間の滞在を余儀なくされている可能性。だが二時間も滞在するものか? 普通に考えたら異常だ。いくら何でも長すぎやしないか?


「うんこなんじゃないか?」


やめろ。俺のアイドル加奈さんはうんこなんてしない。二度とそんなことを口にするんじゃない。原因は他にある絶対だ。


「じゃあ他の可能性って何があるんだい?」


アイドルは催さないということを前提に考えれば……え? いつから加奈さんはアイドルになったんだって? それは俺の中で決まったのさ。あの日からな……。


トイレをしない人間がトイレを使うとはどういうことか。トイレにあって他の場所にはないもの、それは個室だ。トイレの個室だけは絶対に他人に覗かれることはない。色々な場所がある中で個室をわざわざ選び、腹痛でもないのに長時間滞在している。裏を返せば、長時間トイレに滞在するのは誰にも影響されない個室が必要だからということになる。それはつまり他人には覗かれては困るようなことをするために滞在していると言っても過言ではないと俺は思う。


「他人に覗かれては困ることで、長い時間が必要なもの……。まったく見当がつかないな」


そういって彼は降参のポーズを取る。ああ。確かに二時間も個室に籠って何をしようってんだ。外で聞いてても何の音も聞こえない。勉強? それなら図書室でやればいい。便所飯? いや今は放課後だ。家に帰って飯を食えばいいだろう。何か、もう少し情報があれば……。せめて自分が女子ならトイレの中の様子をチェックできるのに。


「誰か女子に聞いてみればいいんじゃないか?」


バカヤロウ、そんなの変態じゃないか。「ちょっとトイレの中の様子が知りたいんだけど」って聞くのか? 俺が女子なら引くね、ドン引きだね。


……いや、俺のような顔面偏差値中の下くらいの人間ならそういう反応かもしれないが、お前なら……その整った容姿なら何とか聞き出せるかもしれないな。


「僕が聞くのかい? しょうがないなあ。この借しは高くつくよ。今度街でアイスでも奢ってもらおうかな」


ああ、この謎行動の真相が判然とするならいくらでも奢ってやる。


 彼はニヤリとして近くに女子がいないか歩いて探しに行った。ここは特別棟、それにこのトイレは職員用のトイレだから人の往来は激しくない。協力してくれそうな女子が見つかってくれるといいが……。


 しばらくして、彼は女子生徒を連れて戻ってきた。どうやら部の後輩のようで確認しに行ってくれるという。どうやって説得したんだ?


「なあに、中に知人が入ったきりで中々戻ってこない。中で倒れてるかもしれないから確認しに行ってほしいと伝えたまでさ」


なるほどなあ。上手い嘘だし、こんな美青年に言われたら二つ返事だろうな。


 女子生徒はすたすたとトイレに入っていく。しばらくして戻ってきた彼女は頭を振った。


「なかには誰もいませんでしたよ?」


なんだと!? 加奈さんがいない? そんな馬鹿な。ずっと見張っていたのに、消えるなんてのはおかしい。


「本当に、本当にいなかったのか?」


俺のそんな前のめりな発言に少しびくついた女子生徒。「まあまあ、彼女がそういうんだから本当なんだろう。彼女は正直者だからね。言われたことには素直に応えるさ」


彼はありがとうと言って女子生徒を解放した。


どういうことだ……。人が消えるなんてことはあるはずない。なあ、人は勝手に消えたりするものなのか?


「何バカなことを言ってるんだい。ファンタジー世界じゃないんだ。そんなことは絶対にあり得ない。何かきっとタネがあるんだよ。まあいないんじゃしょうがない。ここじゃ深く推理することもできないし、そうだなぁ、一緒に食堂へ行ってコーヒーブレークにでもしようじゃないか」


いや、待て待て。その間は誰がここを見ておくんだ。今まで通りならおよそ二時間経過したころには加奈さんはトイレから出てくるんだ。今中に誰もいなかったとしても今から一時間半後にはここから出てくるはずだ。


「君の脳内は不思議だね。柔軟と言ってもいいかな。第一、中に誰もいないってことは加奈さんもいないってことだ。そんな彼女がまたひょっこりここから出てくるって? 裏に秘密の隠し通路がない限りは無理だね。まあ確かに僕らが目を離している間にまたこっそりとこの扉から中に入っていくって可能性もある。……それならトイレの出入りがわかるこの廊下の端に僕のスマホをこっそり立てかけておこう。そして録画しておいて、帰ってきたあたりでこの動画を確認してみればいいのさ。それに彼女はきまって二時間後にまた現れるなら、時間的余裕はまだあるだろう?」


そういってスマホを床と廊下の端に立てかけるように設置して、ほら行こうと俺の手を取り、そのまま引っ張って嬉々として食堂へ歩みを進めた。

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