めぐる恋の季節

一ノ瀬友香

第一章 初恋のあなたへ

第一話 再会

 四月某日、十七時。風紀委員長の無情な言葉が頭上から降ってきた。

弥生やよい、支度はできたの?」

 うう、と唸りながら、私は鞄に筆記用具を詰め込む。

「……金曜日の放課後ですよ?」

「そんなことはわかってるわ」

「どうしても、私も行かなきゃならないんですか?」

「あの子たっての希望なんだから、仕方ないでしょう。観念しなさい」

「希望ってなんですか! 私はホステスか何かですか!?」

「弥生ちゃんはホステスさんより、メイドさんのほうが合ってると思うけどねぇ」

 書類の束を抱えた友達が、横から茶々を入れてくる。

 私はこの聖リュンヌ学園高等学校の風紀委員会に所属している。

 委員長の神宮寺じんぐうじまいさん、副委員長の神宮寺じんぐうじさつきさん、書記のあずま水無月みなづき、私こと望月もちづき弥生やよい。たった四人の風紀委員会だ。

 聖リュンヌは、今年で創立一〇〇周年を迎える由緒正しき名門校。世間では、都内で最も授業料が高いセレブ校だと認識されている。

 そして、私はもちろん由緒正しき庶民の生まれ。だから、高校はここに通えと両親から言われたときは、悪い冗談としか思っていなかった。

 なんでも、伯従母が聖リュンヌのOGなのだそうで、いい学園だからと、半ば強制的に入学させられた。

 伯従母が理事長に話をつけてくれたおかげで、学費免除の特別待遇を受けられたことも、理由の一つだろう。

 とはいえ、聖リュンヌの生徒はほとんどが良家の子女で、育ちがいいからか、みんなお上品。生まれも育ちも庶民な私と話が合うはずもない。

 ただ、優しい子が多いので、向こうから話しかけてくれるし、私に合わせようとしてくれる人もいる。だからこそ、私は聖リュンヌに通い続けていられた。

 そんな私が、どうして風紀委員なんて大層な職に就いているのかというと、原因は水無月にあった。

『風紀委員の仕事には興味があるけど、一人じゃ心細くて……。この学園に慣れるいい機会だと思うし、弥生ちゃんも一緒に立候補してくれないかなぁ?』

 入学して初めてできた友達の頼みを無下に断ることもできず、あれよあれよという間に、私たちは風紀委員に決定してしまった。

 元々人手が足りない風紀委員会からしてみれば、猫の手も借りたい状況だったため、私と水無月は格好の餌食だったと言える。

 それからは、鬼のように厳しい舞先輩と、仏のように優しい皐先輩の部下として鍛えられてきた。

 そして、今日は聖リュンヌの生徒会長と、秋に開催される文化祭の打ち合わせをするというわけなのだ。

 仕事相手を待たせるわけにはいかないと、頭ではわかっているのだが――。

「私はしがない平委員なのに……」

「金曜日だからって、一緒に過ごす相手がいるわけじゃないでしょう。喜びなさい。あなたと歩くのは恥ずかしいけど、恥を忍んで、会議に同行させてあげるんだから」

「な、なんて横暴な……」

 はっきり言って、そういう問題じゃないんです。

 金曜日の夜はさっさと帰宅して、プライベートの時間を満喫したいんです!

 ぶつくさと不満を漏らす私を無視して、風紀委員会室をあとにした舞先輩は、足早に廊下を歩いていく。私はそれを小走りで追いかけながら、再び文句を言う。

「ちょ、ちょっと待ってください。やっぱり打ち合わせなら、私なんかより皐先輩のほうが適任じゃ……」

「言ったでしょう。あなたを連れて来ることは、あの子たっての希望だって」

 そうして、待ち合わせ場所である学内カフェに入る。

 アンティーク調のインテリアと、マホガニー材の重厚なテーブルと椅子。白で統一された店内はとてもお洒落。所々に置かれた観葉植物も、いいアクセントになっている。

「舞先輩。仕事の打ち合わせなのに、カフェでよかったんですか?」

「ええ。この場所を指定したのは、あの子のほうだからね」

「はあ、そうなんですか……」

 舞先輩に促されるがまま、奥まったところにある席に着き、ため息を一つつく。

 目を閉じて腕を組んでいる舞先輩の隣で落ち着かず、意味もなく辺りを見回していると、背後から声が聞こえた。

 霊峰の空気さながらの凛と澄み切ったトーンにドキリとしながら振り返ると、そこには。

「ごめんなさい。待たせてしまったかしら?」

「!!」

 美女。

「遅いわよ、アヴリル。この私を待たせるとは、いい度胸じゃない」

 ええっ!? 舞先輩ったら、呼び捨て? 生徒会長さんを?

 そんなことを思いながら慌てて立ち上がり、頭を下げた私は、そろりと顔を上げて、目の前に佇むその人を改めて見る。

「……え?」

「ここに来る途中で、先生に捕まってしまってね」

 そう告げる彼女は、舞先輩の不躾な呼び方を気にした様子も見せず、むしろ申し訳なさそうに眉尻を下げている。

 次いで、彼女は目を白黒させた私のほうへゆっくりと視線を移すと、小首を傾げて苦笑した。

「私のことを覚えていないの? 望月さん」

 ええええええっ!?

 あ、あ、天野あまの先輩ですよね!? お、覚えてるに決まってるじゃないですか!!

 私は声にならない叫びを胸中で上げながら、口をぱくぱくと動かすことしかできなかった。

 彼女こと天野・クリスティーヌ・アヴリルさんは、日本人とフランス人のハーフで、私の中学時代の先輩である。

 当時、私はやっぱり風紀委員を務めていて、二学年上の生徒会長である天野先輩に憧れていた。というか、片想いをしていた。

 けれど、いくら恋い焦がれても私たちは女の子同士。しかも、彼女は男女問わず大変な人気があり、近寄ることはおろか、言葉を交わしたことさえあったかどうか。記憶にもない。

 そして、淡い初恋の思い出は、彼女の卒業と同時に、私の心の奥深くに仕舞われていった。

 そんな彼女が、聖リュンヌのシックに纏められたセーラー服を見事に着こなし、あのときと同じ生徒会長として、再び私の目の前にいる。

 いつも生徒会長との仕事は舞先輩か皐先輩が引き受けていたからだろうか。

 彼女が生徒会長だと――いや、それ以前に聖リュンヌに在籍していることを知らなかった私は、現実と脳内を上手くリンクすることができなくて、目を見開いたまま硬直していた。

「三年ぶりかしら。久しぶりね」

 固まる私に、天野先輩はふわりと口角を吊り上げた。

 そのあとは、各自飲み物を注文し、再会を祝して乾杯とひと通りのお約束を済ませると、いよいよ仕事の話が始まる。

 尤も、私はほとんど舞先輩と天野先輩のやり取りを眺めているだけ。

「それで、ミスコンは文化祭当日の午後からで、最初に司会が挨拶とメンバーの紹介をするそうよ」

「なるほど。問題はそのあとのアピール時間ね。参加者が五人なら、一人頭一〇分といったところかしら。最初の挨拶と合わせて一時間しかないことだし、結構バタバタしそうね」

「細かい時間配分は司会がどうとでもするでしょうから、頭の片隅にあればいい話よ。なんなら、拍手ものの一発芸なら一秒でも構わないくらいだもの」

 会話だけ聞いていると、真面目に打ち合わせをしているように感じられるかもしれない。

 しかし、舞先輩は携帯電話を弄りながら、天野先輩はコーヒーを片手に話すものだから、どこまで真剣なのかよくわからない。

 一方の私はバクバクと高鳴る心臓を持て余し、口も挟めず、抹茶ラテをちびちびと飲むことで精一杯だった。

 やがて、現状での打ち合わせの限界点に来たらしい二人は、机の上に広げていた書類を片づけ始める。

「もしも舞がミスコンに出場したら、名乗っただけで終わらせるという暴挙に出そうね」

「馬鹿ね、そんなことはしないわよ。聖リュンヌの一大イベントを盛り上げるためにも、世界を救うくらいのことはしてあげる」

「それは一〇分で収まるの?」

「三時間の三本立てが必要ね」

 ハリウッドの超大作である。

「とりあえず、事前に確認しておきたいことは話せたし、私はそろそろ行くわね」

「あら、舞。帰ってしまうの?」

「ええ。あまりあなたや弥生に関わりすぎて情が移ったりしたら、いざというときに面倒だし」

「いざって、どんなときですか!?」

 突然出てきた不穏な言葉に、私は反射的に声を荒げてしまう。いざというとき。それは、決して訪れてはいけない瞬間なのではないだろうか。

 けれど、天野先輩は舞先輩の物騒な発言に慣れているのか、くすくすと上品な笑い声を立てている。

「ふふ、望月さんはともかく、私はそう簡単にはやられないわよ」

「でしょうね。まあ、弥生だけでもいいわ」

「よくありません」

「それじゃあ、私は帰るわね。さようなら」

 舞先輩は私の抗議をスルーして、手を振ることもなく、一人で学内カフェから立ち去ってしまった。

 壁掛け時計を見ると、時刻は十七時五〇分。下校時間が近いこともあり、学内カフェに他の生徒の姿はない。天野先輩と二人きりという事実に、私は再び緊張する。

 どうしたものかと視線を泳がせていると、コーヒーを飲み干したらしい天野先輩がカップをソーサーに戻し、おもむろに口を開いた。

「あなたはどうするの?」

「え?」

 カチ、と小さな音が鳴る。時計の針が一分進んだようだ。

「時間も時間だし、私たちもそろそろ帰らないといけないわけだけど」

「は、はい……」

「望月さんさえよければ、もう少し付き合ってくださらない?」

 思いも寄らない提案に、思考が一瞬停止した。


 ***


 一〇分後。流されるがままに天野先輩と校舎をあとにした私は、彼女のお気に入りの場所だという公園に連れて来られていた。

 街外れにある小さなその場所には、滑り台やブランコといった遊具の他に、ベンチが設置されている。

「こんなところに、こんな公園があったんですね」

「他の人はあまり来ないわ。というより、存在にすら気づいていないくらいね」

「へえ」

 確かに、通学路からは外れているので、微妙に盲点になっているのかもしれない。かく言う私も、今の今まで気づかなかった。

「だから、一人になりたいときはここに来るの。みんなには内緒よ?」

「あ……は、はい!」

 私が慌てて返事をすると、天野先輩は満足げに微笑んだ。

 その笑顔に思わず見惚れていると、天野先輩はベンチに腰を下ろした。

 肩にかかった長い金髪ハーフアップを払う彼女に倣う形で、私も天野先輩の向かいに座る。すると、天野先輩は自分の隣をぽんぽんと二回叩いた。隣に座れということだろうか。

 私は一瞬躊躇ったものの、ここで断るのも不自然だと思い、大人しく指示に従うことにした。彼女は何も言わず、私も何も言わなかった。

 これからどうすればいいのだろう。ふと、そんな疑問が脳裏を過ぎる。

 憧れの天野先輩と二人の時間を過ごせるとは、夕方、不満に頬を膨らませていた私には想像もできないことだった。

 けれど、こんな夜更けに人気のない公園で二人きり。まさか、このまま天野先輩に押し倒されるなんて展開になるのでは――。

 そこまで考えたところで、私は自分の思考に待ったをかける。

 私は何を浮かれているのだろう。あの天野先輩が、私みたいなどこにでもいる平凡な女子生徒に目をかけてくれるはずがないではないか。

 大体、万が一そんなことになれば、私はきっとまともに会話をすることができなくなってしまう。せっかくの機会だというのに、それは勿体なさすぎる。

 頭の中を空回りさせながら、ぼんやりと手元に視線を落としていると、天野先輩の視線を感じた。うう、緊張する。

「ごめんなさい。なんだか、無理に付き合わせてしまったみたいで」

「い、いえ! そんなことは……」

 突然の謝罪に驚いて顔を上げると、申し訳なさそうにしている天野先輩と目が合った。どうやら、私の態度がぎこちないことに気づいているようだ。

 私はなんとか取り繕おうと、必死になって言葉を探す。そんな私を横目に、天野先輩は苦笑混じりに天を仰いだ。

「……嬉しかったのよ。だから、調子に乗ってあなたを連れ出してしまったの」

「何が嬉しかったんですか?」

「望月さんにまた会えた。ずっと会いたいと思っていたから、本当に嬉しかったの」

「え?」

 天野先輩の言葉の意味を理解できず、私はぽかんと口を開ける。

 私にまた会えたと、彼女は言った。会いたいと思っていたとも。

 彼女が中学を卒業したときから一度も会っていないし、今日に至るまでなんの接点もなかった。それなのに、いつから会いたいと思っていてくれたのだろう。

 私の思考は、また忙しく動き始める。

「三年ぶりね」

「……」

 いくら頭を回転させたところで、なんの答えも導き出せない私は、黙って天野先輩の横顔を見つめる。

「舞から望月さんのことを聞いたときは、運命かと思ったわ」

「舞先輩に? そういえば、お二人はずいぶんと仲がよさそうでしたが……」

「ええ。あの子とは、聖リュンヌに入学したときから、ずっと同じクラスだからね」

「そうだったんですか……って、え? 運命って?」

 一拍遅れて、天野先輩の言葉が私の脳内に伝わると、たくさんの疑問が渦巻いた。

「先日、あなたが風紀委員会に入ったという話を聞いて」

「あ、あの、待ってください。ちょっと、よくわからないんですけど。どうして、私のことなんかが話題に出たんですか?」

 どうして、舞先輩がわざわざ。

 頭上に疑問符を浮かべながら尋ねると、天野先輩はそこで一旦言葉を切って、私のほうへゆっくりと首を巡らせた。

 何かを決意したかのように、彼女の深い灰茶色の瞳は強い光を帯びていた。そのまっすぐな眼差しから目を逸らせず、私はじっと見つめ返す。

「好きだったから」

「え……」

 なんだか、とても信じられないことを言われた気がした。一度、深呼吸をしてみる。

「あの、誰が、誰を……」

「私が、望月さんを」

 どうやら、聞き間違いではなかったらしい。しかし、それで納得できるわけがなかった。

 天野先輩といえば、容姿端麗、文武両道、品行方正な完璧超人だと、昔から評判の人だ。そんな彼女が、なんの取り柄もない私を好きだなんて信じられない。

 つらつらと考え込んでいる間にも、天野先輩は畳みかけるように言葉を継ぐ。

「会いたいと思っていたけれど、ずっと言い出せなくて。見かねた舞が、今日の打ち合わせにあなたを連れて来ると言い出して」

「……」

「弥生と二人の時間を作ってあげるから、あなたも文化祭実行委員長を連れて来ないようにって」

「あ、天野先輩……。あの、話がまだ、消化できないんですが……」

 家に招待されるより驚くような言葉が次から次へと聞こえてきて、私の思考回路は完全にショートしてしまった。きっと、今の私はとんでもなく間の抜けた顔をしていることだろう。

「私は望月さんが好きだったの。舞も、以前からそれを知っていたわ」

「……」

「今日の再会で、あなたが何も変わっていないとわかって、嬉しかった」

「あ、天野、先輩……」

「いえ、少しは変わったかしら。あのときよりも、さらに可愛くなったわね」

 天野先輩の顔が近くなった。いつの間にか、両肩をしっかりと掴まれている。

「あ、あ、あの……!」

 西洋人形ビスクドールを思わせる、天野先輩の整った容貌。それが近い。近すぎる。

「今も、私はあなたを……」

「う、嘘です」

「嘘じゃないわ。――弥生」

 天野先輩の唇が、私の唇とほんの数センチのところで止まる。

 もう目の焦点が合わない。けれど、彼女の瞳はまるで私の心の奥底を覗き込んでいるようだった。

「あなたは、私のことをどう思っているの?」

「そ、それは……。あの、でも、私たちは、女の子同士で……」

「世間が決めた常識はどうでもいいわ。私が聞きたいのは、あなたの本心」

 この状況にキャパシティを超えた私の脳は、もはやただの蟹味噌だ。するとそのとき、天野先輩がふっと悪戯っぽく笑った。

「やっぱり、答えなくてもいいわ。私は聖リュンヌの生徒会長。あなたに拒否権はないと思いなさい」

 言うが早いか、さらに唇の距離が縮まる。

「しょ、職権乱よ――」

 口走りかけた私の唇は、完全に塞がれた。

 そのあと、天野先輩は私を押し倒すなどという無体な真似はしなかったけれど、その日から私たちは恋人同士になったようだった。正直、今でも信じられない。


 ***


 あれから一ヶ月後の金曜日。エントランスホールで焦る私は、舞先輩を急がせる。

「舞先輩、早くしてください! 怒られちゃいますよ」

「言われなくてもわかってるわ。まったく、几帳面すぎるのも考えものね。最近のあの子と来たら、時間に一分でも遅れたら説教をしてくるんだもの」

 今日は天野先輩と舞先輩と私に加えて、文化祭実行委員長の四人で打ち合わせをすることになっていた。

 文化祭実行委員長は比較的ざっくばらんとした人なのだが、天野先輩は打ち合わせに少しでも遅れると、怒涛の説教を展開させてくるのだ。

 そうして、待ち合わせ場所である特別委員会室へ向かうと、そこには文化祭実行委員長と、眉間に皺を寄せている天野先輩の姿があった。

「あなたたちは仕事をなんだと思っているの? 相手が私たちだからいいようなものの、他の生徒だったら、それだけで気を悪くして、スムーズに進められる話も――」

「ごちゃごちゃとうるさい子ね。こっちも風紀委員の仕事が立て込んでたのよ。それに遅刻と言っても、せいぜい二、三分でしょう。さっさと打ち合わせを始めるわよ」

「まったく……」

 天野先輩はまだまだ言い足りない様子だったが、舞先輩の台詞にも一理あると思ったのか、それ以上の苦言を呈することはなかった。

 天野先輩、舞先輩、文化祭実行委員長を中心に行われた打ち合わせが終わると、天野先輩は一瞬だけオフモードになって、私に耳打ちをしてくる。

「校門前で待っていてちょうだい」

 十八時に天野先輩と待ち合わせをしているので、私は帰り支度を整えている舞先輩にひとこと断りを入れてから、特別委員会室をあとにした。

 校門前でこっそりと天野先輩を待っていると、程なくして出てきた彼女は、ため息混じりにこう言った。

「あなたたちが遅れてきたおかげで、時間が押してしまったわ。今日は居残りをしなくて済むよう、早く仕事を片づけていたのに」

「そんな。たった数分じゃないですか」

「数分を馬鹿にしないの。数分でも多く、私は弥生と一緒に過ごしたいと思っているのだから」

「いくら生徒会長だからって、横暴ですよ?」

「どうやら、黙らせてほしいみたいね」

 くすりと笑って、私の腕をぐいっと掴んだ天野先輩は、近くの木陰に私を強引に連れ込んだ。

「しょ、職権乱よ――」

 私の言葉は、またその唇に呑まれてしまう。

 やがて唇を離した天野先輩は、長い睫毛に縁取られた灰茶色の瞳に笑みを滲ませて、私の顔を覗き込んでくる。

「あなたが好きよ、弥生」

 そして、そのたったひとことで、幸せすぎて舞い上がってしまう私がそこにいた。



©️一ノ瀬友香2024.

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