世代木高校には、秘密倶楽部がある
@JULIA_JULIA
第1話 女子生徒 疾走事件 ~出題編、壱~
高校入学の日。
全ての始まりは、その日に集約される。
その日を境にして、僕は
あの日、あのとき、僕の運命は決まったのだろう。
そう、全てはタイミングだ。
あのタイミングでなければ、こんな可笑しなことには、ならなかった筈だ。
高校の入学式当日、
これは思わぬ天恵だ。
僕は今日、特に急ぐこともなく登校してきた。早めに家を出ようなどとは一切思っていなかった。
高校生活のデビューを飾る日に遅刻をしてしまうというのは、なんとも格好がつかないことだろう。だから入学式の日には、少し早めに家を出るのが一般的かもしれない。
しかし僕はそうは思わない。要は遅刻をしなければイイだけだ。あまり早く来すぎても仕方がない。
学校に早く着いた場合、どう過ごせばイイのだろうか。スマホと、にらめっこ? 窓辺で物思いに耽る? それとも、友達との雑談に興じる?
おっと、最後の一つは僕には縁遠い話だった。
無為にスマホの画面を眺めることはあるし、無理に窓の外の景色を眺めることもある。しかし友達との雑談に興じることなんて、決して僕にはない。僕は長らく友達を作っていないのだ。よって、雑談を共にするような仲間など、僕には一人もいないのだ。
とにもかくにも僕は、学校側から指定されたタイムリミットを
もしもなにかの間違いで、思い違いで、勘違いで、ここに早く到着していたら、立ちはだかる人の壁に遮られてクラス分けの名簿を見ることは難しかった筈だ。
なぜなら僕は背が少し低く───本当に少しだけだ───、人だかりを掻き分けるような腕力や度胸など持ち合わせてはいない。だからオタオタとしながら名簿を確認する羽目になっていただろう。人が少なくなるのを待つという方法もあるが、そんなことをしている時間は無駄だ。なにもせず、ただただ人が減るのを待っているだなんて、時間の無駄遣いにしか思えない。
そう考えると、このタイミングで登校してきたのは正解だったといえる。タイムロスをすることなく、更には余裕を持って自分の名前を探せるのだから。
とはいえ少し急いだ方がイイかもしれない。ここで余裕綽々としていてはマズいだろう。ホームルームの開始に間に合わなくなるかもしれない。ここまで来れば入学式には間に合うだろうが、ホームルームにすら遅刻はしたくない。担任をはじめ、クラスメイトたちが勢揃いしている教室に遅れて入るのは、なんとも目立つことだろう。そんな変な目立ち方は、まっぴらゴメンだ。
だから僕は、取り急ぎクラス分けの名簿の中から、自分の名前を探し出すことにした。大々的に、そして仰々しく貼り出されている名簿の左上───つまりは一年一組の生徒の名前が羅列してある場所の、その一番上に記載されている名前に目をやり、視線を下へと動かす。そんな風にして、次の組の名簿も見ていった。
そうして、やがて目指すことになったのは、一年三組の教室。
この
それらの事柄を、大々的に貼り出されている名簿の脇にある、控えめな即席の校内図が教えてくれた。
些か静かな一階の廊下を歩き、進路を直角に変え、階段へ。そして些か騒音が漏れ聞こえる二階へと上がる。更に階段を昇って、それなりに賑やかな三階へと辿り着いた僕は数歩進み、顔を右へ向け、視線を上げた。
突出型標示板───つまりは、クラスプレートを見るためだ。
視線の先には、【1-2】という表記。それを確認してから今度は顔を左に向けると、【1-3】とある。有り難いことに僕のクラスは階段のすぐ傍にあった。そしてその向かいには、男子用と女子用のトイレ。
どうやら三組は、一年生の教室の中では最良のクラスのようだ。
昇降口からの移動距離が最も短い上に、教室からトイレまでの移動距離も最も短い。ほんの些細なことではあるが、これから始まる高校生活の時間を有効に使えそうだ。実際に今、自分の教室が最短の距離にある恩恵を僕は受けている。速やかに自分の教室を発見できたことで、遅刻の心配がなくなったのだから。
そんなことに少し喜びを感じながら、僕は目的地である教室へと入ろうとした。足を踏み入れようとした。
まさにそのとき、目の前から一人の女子生徒が突っ込んできた。
右手にスマホを握り、慌てた様子で教室内から駆けてきたブレザー姿の女子生徒。そのコにぶつかるまいと、懸命に身を
その一方で女子生徒は無事だ。転んですらいない。僕はそのことを視認できなかったが、耳が教えてくれた。彼女の声と足音が、その無事を知らせてくれたのだ。
「あ、ゴメンね! おはよっ」と僕の背中に告げた女子生徒。彼女はそう言い残して、どこかへと走り去っていった。実に軽快な足音を響かせて。その音は左耳の方に、より強く届いていた。
いま僕は、廊下に座り込んでいる。つい先程までここにいた女子生徒のせいだ。しかし彼女はもういない。僕を置いて、どこかに消えてしまったから。謝罪はしてくれたものの、僕の身は案じてくれなかった女子生徒。そんな彼女は、僕に手を差し伸べてはくれなかった。なんとも酷い扱いだが、気にしないことにしよう。これくらいのアシクデントは集団生活には付き物だ。
とはいえ、他に気になることがある。少し気になることがある。
走り去った女子生徒は手を差し伸べることはなかったが、挨拶は述べてきた。僕と彼女は初対面。それなのに気軽に挨拶をしてきた。気軽な挨拶をしてきた。それは、クラスメイトへの挨拶だから───ということなのだろうか。
親切心はないが、親近感はあるような、なんとも妙な印象を彼女から受けた。
「おやおや、これは派手に転んだね」
背後から聞こえてきた声により、未だ廊下に腰を下ろしている僕は振り返る。するとそこには、一人の女子生徒。しかしそれは、走り去っていったあの女子生徒ではない。
顎に左拳を添えているその女子は、冷ややかな目で僕のことを見下ろしていた。
肩の先まで伸びた黒髪に、赤いフレームのメガネ。そのレンズの奥には、切れ長の目。鼻筋は通り、唇は
ともかく、そんなメガネ女子が僕を見下ろしている。
「危うく巻き添えを食うところだったよ」
メガネ女子は、尻から倒れ込んだ僕の背後にいる。ということは、下手をすると僕の下敷きになっていた可能性がある。彼女はそのことを言ったのだろう。
しかし、なんだろうか。メガネ女子の口調は高校一年生の女子には、なんとも似つかわしくない。
ここは、一年生の教室が並んでいる廊下である。そんな場所にいるのだから、このメガネ女子も一年生に違いない。それに、そもそも今日は入学式で、登校しているのは新入生のみの筈。そのことからも、彼女は僕と同学年だと思われる。
いや、まぁ、仮にこのメガネ女子が三年生だったとしても、その口調は奇妙に思えるが。
メガネ女子に対して不可思議に思っている中、彼女は左拳を顎に添えたままの状態で、続けて言う。
「さて、いったい彼女は、
その発言のあと、メガネ女子は両の口角を上げた。
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