配慮された世界

的矢幹弘

新しい戦場

音声認識オン、字幕を表示します。


「皆さんこんばんは。今週の22世紀NEWSの時間です。司会の堺です。今週もたくさんのゲストの方々をスタジオにお招きしております。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」(複数人の声を検出しました)


「さて、今週は驚きのニュースが入ってきました。世界最強の陸軍部隊と名高いツヨネッコ共和国の有人陸軍部隊が、隣国のガリニャンコ共和国への侵攻からわずか一週間で撤退を開始しました。世界最強の軍隊が戦果を上げられず敗走する極めて異例の事態に、戦場では今、何が起こっているのでしょうか。番組スタッフが現地に取材に行って参りましたので、まずはVTRをご覧ください」


「えー、私は今、まさに戦場に来ていますが、有人戦争で、しかも撤退命令が出たということで、戦場と言ってもその様子は普通の戦場とはずいぶんと違っています。あちらにたくさんの重機が並んでいますが、稼働しているものは一つもありません。あれはモーターグレーダーでしょうか、整地作業の途中で放置されています。さらにあちらには、戦場に敷かれる予定のマットと思われるものや、武器のようなものも野ざらしになっています。なぜ世界最強の陸軍国家が、侵攻開始からわずか一週間で撤退することになったのか、この地区全体を指揮するヤバナヤン司令官にお話を伺うことができました。通訳はAIによる同時通訳ですので、誤訳や細かなニュアンスの違いについてはご容赦ください。では、ヤバナヤン司令官、本日はどうぞよろしくお願いいたします」


「こちらこそよろしくお願いいたします。はるばる海の向こうから来ていただいて光栄です」


「早速ですが、今はどういう状況ですか?」


「我が軍は現在、撤退の準備をしています。重機を回収するためのトレーラーを待っているところです」


「なるほど。これらの重機は、どのような作業をされていたのでしょうか?」


「はい。今回は人間同士が戦闘する有人戦争の予定でしたので、安全に戦争を遂行できるようにバリアフリーバトルフィールド(BFBF)を構築している途中でした」


「バリアフリーバトルフィールド(BFBF)というと、あまり聞きなじみがありませんが、どういったものなんでしょうか?」


「はい。BFBFとはケガなどの心配をすることなく、どなたでも安全に戦闘に参加していただけるように配慮して設計された戦場のことです」


「なるほど。一般的に戦争というと、無人兵器同士が荒野で戦うというイメージですが、人間同士が戦うということは、ツヨネッコ軍ではよくあることなのでしょうか?」


「いえ、人間同士が戦う戦争は、我々も初めての経験です。我が軍も敵国のガリニャンコ軍に無人兵器での戦闘を提案させていただいたのですが、敵国は経済的に疲弊しており、高価な無人兵器を用意することができませんでした。そこで敵国の経済状態に配慮して、我が軍も有人戦闘を選択しました」


「そうですか。しかし、人間同士が戦うとなると、どうしても接触プレーというかラフプレーみたいなことになってケガ人が出ると思いますが、どうなんでしょうか?」


「はい。そのためのバリアフリー化された戦場なのです。戦場全体を整地してマットを敷くことで走ったり飛んだりしても膝にかかる負担が少なく、万一転倒した際にも大事には至りません。我が軍では公平性の観点から、従軍する兵士は国民の中から無作為に抽出されています。そのため、陸軍には健康な若い男女だけでなく、子どもやご高齢の方々はもちろん、車椅子の方、目や耳の不自由な方、出自が外国の方、性的マイノリティーの方なども多数在籍されています。さらに戦場には敵国の兵士や逃げ遅れた民間人の方々もいらっしゃるわけですから、そういった方々にも安心して戦争していただけるように安心安全な戦場づくりを目指していました」


「しかし、あちらに銃なども見えますが、子どもやご高齢の方々には訓練の不十分な方々もいらっしゃると思いますが、そういった方々には重たい銃の扱いは難しいのではないでしょうか?」


「あれらはすべて軽量発泡プラスチックでできた水鉄砲なので、訓練は不要で誰にでも安全に扱えて、狙われた敵兵もケガをすることはありません」


「なるほど。徹底して安全には配慮されているのですね」


「もちろんです。たとえ戦争に勝ったとしても、敵味方関わらずケガ人を出した時点で戦争のイメージが悪化して政治的な要求を通すことができなくなる可能性がありますからね。前線は本当に気を遣っています」


「それにしても、侵攻から一週間で撤退命令が出たということですが、なぜでしょうか?」


「私は命令を受けただけなので、詳しい理由は分かりませんが、おそらくは何らかの配慮が足りておらず、持続可能な戦闘行為の継続が不可能になったのだと思います」


「そうですか。ヤバナヤン司令官、本日はインタビューに答えてくださり、ありがとうございました」


「こちらこそありがとうございました」

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