クソ雑魚ヤンデレ月見里さん
なかな春望
六組はだいぶ遠い
一段飛ばしで校舎の階段を駆け上る。踊り場に体を放り込むように身をよじり、勢いはそのままに階段へと足をかける。一歩踏み出すごとに足の重量感が増していき、肺は絞られたように悲鳴を上げる。
「はぁっ、はぁっ」
階段を登り切った所で立ち止まる。乱れた呼吸を整えるため、無理やりに息を吸い込んで、そして吐いた。
クラクラするような疲労感が全身を包んでいる。
「……ふぅ、肉体的に全盛期なはずの高校生の姿か? これが……」
自分の体力の無さが恨めしい。運動部に所属したことはないし、日頃から運動をしているわけでもない、体を使うのは体育の授業くらいのものだ。この体力の無さは完全に自分のせいでしかない。自分のせいでしかないのだから、恨めしがるのはお門違いというものだ。しかし、それが分かっていても、恨めしいものは恨めしいのだから仕方がない。運動してなくても常に身体能力がMAXだったらいいのに。誰かそういう装置開発してくれないかな。
……無理? ですよねぇ。
やはり普段から運動していた方がいいんだろうな。今度からランニングでも始めようかな。やって損することでもないだろうし。
そんな考えが頭の片隅に常にある。あるんだけど、どうせ始めたところですぐにやらなくなるのは目に見えてるんだよね。三日坊主どころか一日坊主とかで終わるのが精々だ。僕なんてそんなもんである。
……悪いか? これが僕なんだから仕方ないだろ! こんな僕でも愛して欲しいんだよ!
「いや、そんなことはどうでもよくて……!」
今は自分の怠惰について開き直っている場合じゃない。
僕は目的の教室へと向けて歩き出す。息はまだ整いきっていないが、今は一分一秒が惜しい。
ここは本校舎の三階。主に二年生が授業を受ける教室が並んでおり、僕もまた、その一員だ。しかし、目指すのは普段授業を受けている二年一組の教室ではなく、六組の教室だ。
沈みかけの西日で赤黒く照らされている廊下には、僕以外の姿はなかった。おそらく教室の中も同じで、もう残っている生徒はいないだろう。
夕暮れの薄暗さと静けさに満ちる空間は、普段だったら恐怖心が湧き上がってきていたに違いない。しかし、今は違う。今の僕にはこんな不気味な光景さえも輝いて見える。祝福してくれているようにしか感じられない。
そんな心境だからか、疲弊し切っているはずの足も羽が生えたように軽やかで、正直踊り出したいくらいだ。
まあ、踊りなんて、小学生の頃の授業でバンブーダンスを少しやったことがある程度だけど。しかも足挟みまくってクラスメイトにめちゃくちゃ白い目で見られたからだいぶトラウマが残っている。足も視線も痛すぎて心まで痛くなったもん。
廊下を進む。
二年六組の教室がやけに遠く感じる。
それはそうだろう。僕は一組に生息している人間だから、六組まで行くことなんてほとんど無い。別のクラスに友達もほぼいないし、用事なんてできようがない。なんなら、六組まで行くのは初めてかもしれない。そのくらい覚えがなかった。一年の時も一組だったし。
だから、廊下の奥へ進んで行くのはなんとなく未知の領域への突入って感じがして落ち着かない。そのせいで、妙に遠く感じてしまうんだろう。
目的地である六組の教室には、僕を待っている人がいる。待ち合わせの約束。しかし、その時間は過ぎてしまっている。だから今、こうして急いで向かっているというわけだ。
待っている人。僕を、待ってくれている人。その人のことを意識して、足が自然に早足になる。早く会いたい。そんな心が爆発するように、更に僕を急かす。
焦燥感に背中を蹴られながら、廊下を奥へ奥へと進む。
「まったく、先輩のせいで遅れることになったんだから、今度会ったら文句でも言ってやらないと」
待ち人を待たせることになってしまった原因。諸悪の根源である彼女の姿が脳裏にチラつく。
先輩は、僕の部活の先輩だ。なかなかに一筋縄ではいかない人で、語弊を恐れずに言えば、面倒臭い人で、変人だ。正直、あの人へは思うところがありすぎて、本当にありすぎて、どういう感情を持ったらいいのかイマイチ分からなくなっている。
そんな先輩からの命令のせいで、本来なら待ち合わせの時間に余裕で間に合っていたはずが、今こうして息を切らして急ぐ羽目になっているというわけだ。まったく困った先輩だよ。
六組の教室は、当たり前だけど、そこにあった。
教室の中は室内灯を点けていないようだ。小窓からかろうじて見える室内も、廊下と同じように薄暗い。
全身に緊張が走る。心臓の音がうるさいのは、直前まで走ってきたからか、それとも、この教室の中で待っている人への緊張か、期待か。
僕は、ドアを前に一度深呼吸をして、佇まいを正す。それから、
「……よしっ」
気合を入れなおすと、ドアへと手をかけた。
さして抵抗もなく、引戸が開く。室内の光景が徐々に僕の瞳に入り込んでくる。そして――
「あっ、来たんだね、
薄暗い教室内と対照的に、明るい声が響く。柔らかな毛布に包まているような気持ちになる、その声の主は――
「
つい昨日、僕の恋人になってくれた、
月見里さんが、そこにいた。
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