一角獣のため息

いとうみこと

星降る夜

 この世界で何と言うのか知らないが、地球では天の川と呼ばれる銀河の星の集まりをぼんやり眺めながら、スノウは深い深いため息をついた。森を抜けた先にある小高い丘の上には他に誰もいない。スノウは誰に遠慮することなく感傷に浸ることができた。ため息の原因が恋の悩みならまだロマンチックだが、実はそれ以前の不毛なものだ。


 スノウは精霊の世界に住むユニコーンで、今年結婚できる年齢になった。この世界のユニコーンは男女比がおよそ一対三。「羨ましいー!」という声が聞こえるが全くそんなことはない。そもそも何故そんなアンバランスなことになっているのかというと、ユニコーンの女(敢えてこう書かせてもらう)は生涯にただ一度しか身ごもることができないからだ。そう、男女比が同じだと滅ぶ運命になるだろう?


 さて、そんな状況で何が起こるか考えてみるがいい。君が女だとして、一生に一度しか子どもが産めないとしたらどんな子が欲しい? 行きずりの男の子どもが欲しいか? いや、違うだろう。賢い女は誰でも優秀な遺伝子を欲しがるものだ。そうでなくても心から愛した男の遺伝子を残したいと思うだろう。


 想像したまえ、どんな男が選ばれるか。見た目、知力、体力、経済力。あ、ユニコーンに経済力は関係ないか。まあ、女によって基準は違えど、いずれかの上位にいるものが選ばれるのは必然だ。そして、この世界は一夫一婦制ではない。必然的に一部の優れた男たちのもとにハーレムが形成されることになる。


 では、スノウに話を戻そう。何故彼がため息をついているか既に見当がついているのではないかな? そう、お察しの通り、スノウは成人したものの体は小さく力は弱く、ついでに気が小さいという凡そ女子には選ばれないユニコーンなのだ。こんなことなら子どものままでいたかったとスノウは再び深いため息をついた。


「スノウ?」


 不意に声をかけられてスノウは一メートルほど飛び跳ねた。振り向くと、幼馴染のララがそこにいた。


「驚かせてごめんね。こんなところで何してるの?」

「ララこそこんな夜中にどうしたの?」

「スノウが出て行くのが見えたから……」


 そう言うと、ララはスノウの左隣にすっと座った。小さい頃からの定位置だ。スノウはここにいる理由を説明できずに黙った。ララもまた同じように黙った。時々風が木の葉を揺らす音だけが聞こえる。


 そういえばララも結婚できる年になったんだとスノウは思ったが口には出さなかった。ララはハーレムの頂点に君臨する男でさえ跪いて愛を求めるような美少女だ。ユニコーンの美少女の基準がよくわからんと言われそうだが、顔立ちが整ってスタイルが良く、毛艶が良いと言えば納得してもらえるだろうか。そう、人間と何ら変わりはない。


(ララはいったいどんな男を選ぶんだろう)


 そう思いながらスノウがララの美しい横顔を盗み見たとき、突然ララが立ち上がって叫んだ。


「あたしをスノウのお嫁さんにして!」


 そう言うと、ララはかがみ込んでスノウにキスをした。それからくるりと向きを変え、風のように走り去った。スノウの時間が止まり、息も止まった。どれほど経ったのか、スノウは息苦しくなって我に返った。


「ええっ!」


 呆然と立ち尽くすスノウに満天の星がキラキラと降り注いでいた。

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一角獣のため息 いとうみこと @Ito-Mikoto

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