第6章 アポロンの間と宝物

第86話

 明くる日の夕暮れ時にやってきた、閉館間近のナポレオン美術館。後のルーブル美術館のドゥノン翼と呼ばれるエリアの最奥で、ポピーレットの生地に茶のレースを施したドレスを身に纏ったプレヌはふと足を止めた。



 ヘレニズム彫刻の傑作だという、サモトラケのニケの左側。

 優美な曲線が描かれた黒い扉に見惚れていると、背後からロジェの手がそっと扉を押す。



 プレヌはあっと息を呑んだ。

 上下と前後に細長い空間には、きらびやかな金の装飾の中に埋め込まれたいくつもの天井画。

 まるで宮廷の中にいるかのような絢爛さに目がくらむ。



「この部屋はアポロンのギャラリー」

 後ろからよどみない解説が聞こえてくる。

「アポロンはギリシア神話の太陽神。もともとこの美術館は宮殿だった。自らを太陽の神としたルイ十四世が権力誇示のために作らせた回廊なんだ」

 太陽神の居所といわれればこの華やかさも納得である。



「長い回廊の奥に窓があるだろ。あっちはセーヌ川方面に開かれているから、日が昇ると考えられていて、反対の今入ってきた入り口側は日が沈む場所。夜明けから一日の時間の流れを表現する五枚の大きな天井画はセーヌ川側から入り口に向かって配置されてるんだ。一番大きな真ん中の天井画は正午を意味してる」

「へぇぇ。おもしろい」



 そんなふうに語られると、絵画の中の登場人物が活き活きとこちらを見つめてくるような気がする。

 プレヌはひときわ優しい雰囲気の大判な絵画に見入る。

 中心のバラ色の頬をした女神に神が花の輪を捧げている。



「そのあたり。壁側に近い天井には四季が描かれている。太陽は季節も作り出せるってわけだ。それの絵画はたしか春。風の冠を冠った神セピュロスが春を連れてくる場面。セピュロスはボッティチェリの名作にも描かれてる」

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