第3話

 ところが、快進撃は感激の吐息をつく間もなく潰えた。

 昨日起きた出来事が原因でさらなる夫の怒りと不信をかったために、家を出たところからつけられていたらしいのだ。

「こっちにだけ離縁した烙印押し付けて、自分はのうのうと逃げるのかよ。そんなこと許すと思うかっ」

 プレヌリュヌのアップルグリーンの瞳が、セーヌに立ち並ぶ人々を捕らえる。

 正気を失った夫を人々は遠巻きに見つめている。

 その中に両親と妹――家族の姿を見たときにはさすがに少量息を呑んだ。

 夫が最後の一撃とばかりに勢いよく、右腕を振り上げる。


 もう自分は死ぬしかないのだと、プレヌリュヌは本能で悟った。

 はじまって早々、暴力夫にめっためたにされて朽ち果てる残念すぎる人生。

 誰かに読まれもしない物語。

 関心を向けられることのないまま古び、捨てられていく本。

 みなにいなくなることを望まれている。

 そう――自分のポジションといえば、以前からそうだったではないか。

 価値のあることはなに一つできず、家族からも白い目で見られて。

 なにをがらくたのような夢など、見てしまったのか。


 ぱしっと乾いた音が、意識を現実へと連れ戻す。

 命が潰えるにしてはやけに、小気味いい音。

 振り下ろされた夫の手が、なにかに捕らわれた。



「やめろ」



 徐々に焦点があっていくにつれ、認識する。

 夢を見ているか、はたまた早くも天国に来てしまったらしい。



 振り上げた夫の拳を誰かが、受け止めている。


「なんだと?」


 チョコレートのようなブラウンの髪と琥珀色の瞳。

 シャツの上にアイボリーの袖なしセーターを羽織り、首元に巻かれた黒い大ぶりのスヌード。



 夫の手を掴んださきで少女のように整った顔が、しかめられている。


「自分が女の人を殴るクズだって、パリ中に知らしめたいのか」

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