第53話
そのあと仕方なく近くの百円ショップでありあわせのカチューシャを買ってライブ会場に戻ってきた。関係者入り口から入って、楽屋と呼ばれる控室につくと、テーブルにたくさんの動物の耳のついたカチューシャが置かれていたのに絶句する。
その傍らにいた千葉さんが、純さん、外出していらしたのですか、花乃さんもお疲れさまですとかけよってくる。
控室の扉の前で、あっけにとられて純とあたしは立ち尽くす。
「千葉さん……ちゃんと買ってきてる」
「駆のマネージャーの塚本さんから、千葉さんがカチューシャを買ってくるのを忘れたから、調達してきてほしいって伝言をもらったんだけど」
確認する純とあたしの手元にある色つきカチューシャに素早く視線を走らせた千葉さんは怪訝そうに首をかしげた。
「それは妙ですね。わたしは塚本さんとはお会いしていません。本日いらしていることすら知りませんでした」
おかしいな。それじゃ、なんで塚本さんはあんなこと言ったんだろう。
「どこかで手違いがあったようですね。無駄足を踏ませる形になってしまって申し訳ありません、純さん。それに、花乃さんも」
「いえ、そんな」
「しかし、物品については問題ないことですし、この件についてはあとにしましょう」
そう言うと、千葉さんは純に向きなおった。
「明日の公演について早急に打ち合わせしておきたいことができまして、今から車で稽古場に移動したいと思います。『エクレール』のほかのメンバーのみなさんにもご連絡したので、ホテルからそちらに向かってくださっています」
いよいよ本番が迫った『エクレール』のライブ。これ以上あたしがいたら邪魔になりそうだ。
千葉さんにうなずいたあと、心配そうにこちらを見る純にあたしは手をふった。
「今日はほんとうにありがとうございました。これで失礼します」
ぺこりと頭を下げる。
「送れなくて悪いな」
「ううん」
ありがとうと最後に純に告げると、ちょっと気まずそうに首の後ろをかいて目をそらされた。
その頬が少しだけ赤く染まっていたのはたぶん、気のせいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます