第51話
大通りを抜けて走り、小道に入り、そこにあったカフェの窓際のソファ席にあたしを座らせると、純はそのすぐとなりに腰かけた。黒いジャケットを脱ぐと、素早くあたしと自分にかぶせる。
ジャケットの作り出す小さな暗闇の中で、息がかかるくらい近い距離に彼がいる状況に血圧が上がる気がする。
しばらくすると彼はそこからそっと顔を出し、窓から外をうかがう。
そうしてから、ふっと息を吐いた。
「どうやら、まけたみたいだな」
さっきのはたぶん、雑誌かなんかの記者の人だろう。
人気の芸能人はプライベートなことや、時にはほんとうのことじゃないことも記事にされたりしてしまうこともあるので、気をつけなければいけないらしい。
アイドルの大変さって、ハードなレッスンだけじゃないんだな……。
そう思っていると、視界がふいに明るくなった。
ジャケットをとりさった純が、少しだけすまなそうな顔をして言う。
「悪い。髪少しいじらせてもらう」
返事をするより早く、あたしのおさげをしばっているゴムをとりさり、手櫛でとかしていく。
「いっしょにいたお前も記事にさらされる可能性がある」
低い声音に、なんでどきっとするんだろう。
だからあのとき顔を見えないようにかばってくれたんだ。
抱きしめられた時の心地がよみがえってくる。
すごくびっくりしたけど。でもちょっとだけ幸せで――。
って、だからまたなに考えているんだ、あたしは。
我に返ると同時に、こちらを観察するようにじっと見る純の視線とかちあう。
「服装は変わってないから悪あがきのようなもんだけどな。さっきよりはまし――」
ふいに、純の言葉がとぎれた。
ぱちり、ぱちりと大きな瞳がまたたく。
「いや。……ましとか、そういう言葉じゃ、ちょっと追いつかないな」
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