アイドルと紡ぐ恋愛小説

ほか

プロローグ

第1話

 非常事態だ。

 氏名、野原花乃のはらかの。肩で二つにおさげにしている髪型から、ジーパンにパーカー、スニーカーのつま先まで、平凡を地でいく中学二年、女子。唯一の特徴は、少女小説家志望であること。

 ざっとこんなプロフィールを持つあたしにとって、この上ない事件が、ただいま急接近中だ。

 走ってはいけないというルールすら忘れて滑りこんだ、私立桜峰図書館の貸し出しカウンターで、中にいたエプロン姿の職員さんにあたしは勢いよく尋ねた。

「あの、原稿の落とし物ありませんでしたか」

 原稿、ときいて、優しそうな女の職員さんがきょとんと眉を上げたのを見て、あわてて言いなおす。

「原稿用紙の紙の束なんですけど」

そう――つい数時間前までお気に入りのこの図書館の閲覧席で書いていた小説の原稿を、家に帰ったあとで忘れてきたことに気づいたのだ。

「そうですね。今日は、そういう忘れ物はちょっと、見ていませんね」

 あぁ、やっぱりと肩を落とす。

 ただの紙の束なんて、図書館で見つけてもわざわざ届けない人もいるかもしれない。

 それでも。

「あの。見つけたら、教えてもらえませんか。大事なものなんです」

 あたしにとっては、命のように。

 職員さんに連絡先をひかえてもらうと、あたしの足は自然、さっきまでいた閲覧席に向いていた。

 失くしたものがどこかに落ちていないか、椅子を引いたり、机と壁の隙間をのぞきこんだりして、念入りにチェックしていると、ふいに声がする。

「大事なものって、このなっちゃない小説のことか」

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