どうじょう
どうじょう
昼休みが終わるギリギリに保健室を出た。
ミキ達に会ってしまわないように。
ハタノはそれまでに帰ってこなかった。
「え?ハタノくんに何も言わずに帰るの?」
シノオカ先生はそう言ってくれたけど、私としてはむしろ好都合。
ハタノの顔を見る前に帰ってしまいたい。
ハタノの傍にいてしまうと、私はカンチガイをしちゃうよ。
「先生、ありがとうございました」
先生は手だけでヒラヒラと振ってくれた。
私は保健室のトビラを閉めた。
授業が始まったから廊下は静か。
まぁ作戦通りだけど。
誰もいない間に帰ろう。
なのに階段上から話し声と笑い声が聞こえてきた。
ドキッとしたけど、その声が男子だったからちょっとホッとした。
ミキ達じゃないのは確かだ。
集団だとわかる声と足音を聞いて、私は急いで帰ろうと思った。
「つかさっき、ハタノいなかった?」
姿はまだ見えなかったけど、声だけが届いた。
思わず足を止めると、階段の折り返しを回りながら、5人くらいの不良っぽい男子達が降りてきた。
授業をサボってるんだ。
「嘘、ホントにハタノ?」
「わかんねぇけど、多分『っぽい』奴が……」
「どこで?」
「購買部らへんで見た」
知らない男子がハタノの名前を口にしている。
ハタノの……仲間?
心臓が痛くて、また息苦しくなった。
仲間差し置いて……なんで迎えにきてるの?
ハタノは何がしたいの?
ダメだ、ダメだ。
期待しちゃダメだ。
これ以上はミジメだ。
私は学校に来て……何がしたいの。
……別にない。
じゃあ学校である必要もない。
帰り……たい。
布団の中に戻りたい。
行きにかかった半分以下の時間で家に帰った。
気分が悪くなって寄りかかった電柱も
ハタノと座った河原も
ハタノと手を繋いで歩いた道を早歩きで遡る。
あんなに長く感じた道のりもあっという間だった。
家に戻り、部屋に入り、すぐさま制服を脱いだ。
脱力。
そのままの勢いで布団に潜り込んだ。
お昼を結局食べなかったけど、一周して減り具合は普通になった。
むしろ食べたいとも思わない。
疲れた。
とても。
……
学校を行くのを初めて拒否した朝に……同じことを思ったのに……
もう面倒ごとは……ごめんだ、って。
あぁ……寝たら、もうこのまま目が覚めない……ってことにならないだろうか?
別に死にたいわけじゃないけど……もしこのまま起きなかったらどうなるんだろうって…少し思う。
楽に…楽に……このまま煙になって消えてしまえないだろうか。
スゥーッて。
何も考えずに、楽になりたい。
そしたら家族はどう思うかな。
悲しんでくれるのかな。
それとももう余計な心配しなくてもよくなって、楽になれるんかな。
ミキ達は……喜ぶのかな。
それとも自分達の浅はかさに気付くのかな。
……なんて、
私は上手く言い表せない苦しみを人のせいにして、思い知らせてやりたいだけなんだ。
私が消えたのはお前達のせいだ……って。
本当に死ねないくせに。
……なんて平凡でつまらない人間。
恥ずかしい。
もう……このまま…
…──
コツ
コツ…コツ…
ガラスを叩く硬い音。
……私、いつのまにかウツラウツラして、寝てたみたい。
……今、何時?
…コツコツ。
「シミズ」
……え?
「シーミズー」
窓の外から聞こえる音。
頭からかぶっていた布団を下げて、ゆっくりと起きた。
音の方を見ると
窓の外にハタノがいた。
寝起きで驚いて声が出なかったが、ハタノはギョッと目を見開き、もっと驚いた顔をした。
「ご……ごめんっ!!」
ハタノは落ちるようにサッと視界から消えて、屋根から降りていった。
……何?
意味がわからん。
どこからツッコめばいい?
寝起きの頭で一個一個、考えていった。
何時?
つか、なんでハタノはまた勝手に人ん家に登って窓まで……
ごめん…て?
ハッとした。
制服を脱いで、そのまま布団に倒れ込んだんだ。
つまり…
下着姿で寝ていた。
「ヴギャアアアーっ!!」
…───
「あんたに学習能力ってのは無いわけ!?」
「いや……もうホント……マジでごめん」
「信じられない!!サイテー!バカ!」
「もう本当にごめんなさい」
玄関先で怒鳴る私。
無論、着替えてからハタノを玄関に迎えた。
ハタノも前と違って、正座して落ちてくる怒鳴り声に普通に反省していた。
「いや、そんなつもりで登ったわけじゃ……見るつもりは……、本当にごめん」
そういって謝るハタノの顔は真っ赤で、つまり前回の『チラッとしか見えなかった』と違って、今回はガッツリ見られたわけで……
フローリングにパタッとはっきり音を立てて涙を落とした。
「シ…シミズ!」
一度流れてしまえば、涙はボロボロと流れた。
「ごめん!俺、もう……」
「もう…………やだ」
「え?」
ゴチャゴチャになった感情は次々に涙を生まれさせた。
学校行って
気持ち悪くなって
カーテンがあって
同情されて
お茶を飲んで
ミキ達に会わないか怯えて
眠って
起こされて
下着見られて……謝られて、
もうわけわからない感情に嫌気がさして、泣くしかなかった。
それしか逃げ道が見つからない。
「もうやだ!」
「……シミズ?」
「もう嫌なの!!」
手で涙を拭くのも追い付かなくて、腕で拭うからもっと顔全体が涙で濡れた。
「もう誰かと一緒にいて、何かがあるって嫌なの!!」
「……」
「怒って泣いて、傷付いて落ち込んで、振り回されて、空回りして……まっぴら!」
自分でも何が言いたいのか、わからない。
でもあえて言うなら、きっと全部に対して、泣いている。
「人の顔色うかがっては、いちいち気にして……疲れたよ!なんで……こんなっ……」
正座からいつの間にか立ち上がったハタノは泣いてる私に何も言わずに、ただオロオロしている。
この現状もイヤだ。
「こうやって……泣いてるっ……じ、自分も…いやんなるし」
「シミズ…その、」
「学校にも、もう行きたくないよ!」
勝手に靴を脱ぎ、玄関から上がってきたハタノが私の傍まで来たのがわかったけど、来ないでほしい気持ちだった。
「シミズ…今日、何かあったのか?黙って帰ったし……俺、何か──」
「ないよ!何かはなかったよ!!何かないと、学校行かなきゃダメなの!?」
「……」
「普通だったよ……その普通にさえ、いちいち怯えて疲れたの……もう、なにもしたくない……よ」
鼻をすすりながら、必死で言うことも頭半分、自分でも何が言いたいのか、やっぱりゴチャゴチャだった。
「だからもう……来なくていいよ」
「え……?」
「来ない……で」
目の前にいるハタノ制服ボタンしか目に入らない。
顔を見上げる元気も勇気もない。
ハタノは何も言わず、動かず、まだそこでジッとしている。
泣きながら、もう一度言った。
「……同情なら……もう来ないで」
私が言ったことにハタノは「え?」と言ったけど、私はただ泣くだけだった。
「同情なら……やめてよ」
「同情?」
「違うの?」
「……」
「じゃあ、なんで私のこと迎えにくるの?」
腕で顔を隠すぐらいに泣いた。
「気まぐれで私のとこなんか来ないで、仲間のところに戻ればいいじゃない!!」
「……仲間?誰が?」
「学校にいる……男子達…。今日だってハタノのこと、探してたみたいだし」
「……」
「仲間がいるなら、そっちに行けばいいのに……意味がわかんない」
「違う。仲間じゃねぇし」
「ハブられた私と違って、ハタノは自由に学校行けばいいって話っ!」
これ以上喋ってたら、嫌みとかグチしか出てこない気がして、余計に自分が嫌になる。
これ以上ハタノにカッコ悪いところ見られたくない。
私を助けてくれたハタノに八つ当たりしたくない。
なのに鼻をすすっても、涙を流しても、気持ちは全然おさまらない。
「だからもういいよ、迎えに来ないで…私なんか」
「お…俺が迎えに来るのはっ──」
「……は?」
「……俺がシミズを迎えに来んのは……」
ハタノはいつもの声と違う、ハッキリしない感じで喋った。
手から少しだけ顔を上げてハタノを顔を確認した。
ハタノは眉毛を寄せながら下げて、少しだけ泣き顔に見えた。
「俺がここに来始めたのは……なんとなく。前にも言ったかもしんねぇけど。本当に…それだけで」
「……」
「同情……って言われたら、もしかしたら……そうかもしんねぇ……けど、」
ハタノの顔を見て、何て言えばいいのかわからない。
もう……迎えに来てくれるのは今日で最後なんかな。
そう思うと弱虫な私は、また泣きそうになる。
「シミズ」
ハタノ両手が私の肩に置かれた。
真正面から向かい合う。
「それでも、お前は誤解してる」
「……誤解?」
「俺は好きに学校に行けるほど自由でも強くもないし、同情は同情でもシミズが思ってるのとはまた違うと思う」
「い…意味わからないから」
「……来て」
肩に置かれていた手が私の手を掴んだ。
ハタノの目はハッキリと私の目を見つめてきた。
「な、何!?」
「だから来て?」
「私は……」
「シミズに聞いてほしいことがあるから、来て」
いつも通りに強引な奴。
でもこれで最後かもしれないと思い、ハタノの手を握り返した。
一瞬、驚いた感じにこっちを見てきたけどハタノは頷いてから私の手を引っぱった。
前にもこんなことがあった。
一回目はミキから電話があって、ハタノが怯える私の手を取り、走ってくれた。
でもその時と違って慌てていないから、きちんとクツも履けて、家の鍵も閉めた。
二回目は今朝。
ハタノが引っ張りながら私を学校までゆっくり連れていってくれた。
でもその時と違って、今は目を開けて歩いている。
なのに、結局涙でかすかにおぼろ気。
手を繋いで歩いて、夕日が目に染みる。
目尻の涙のせいで余計に夕日はキラキラと。
おぼろ月ならぬ、おぼろ夕日に包まれ、ハタノに引っ張られながら、私はずっと鼻をすすっていた。
ハタノの手が熱い。
「シミズ、『幡野組』って知らないんだよな?」
「え?……うん、わからない」
「それな……俺ん家なんだ」
「……ハタノ…グミ?」
ゆっくりと発音して、頭の中で復唱した。
そこでようやくハッとした。
「ハタノ……もしかして、」
「……」
「ヤ……ヤクザ……の家の子……なの!?」
私が言ったことにハタノ短くフッと笑った。
前に一緒に歩いた河原から少しずつ外れていき、見慣れない道に入っていく。
「そろそろ俺ん家」
…………え?
……うそ。
少し固くなったのが手を通してハタノにも伝わったみたいでハタノはやっぱり少し笑った。
「シミズ、大丈夫だから」
「え?」
「俺ん家、ヤクザじゃねぇよ。……ココ」
辿り着いた建物に看板があった。
「…株式会社・幡野組……?」
「……ただの建設会社だよ」
ハタノと二人で見上げた。
ヤクザ……ではなく、ただの会社。
「小学生の時はよく勘違いされた」
「……そっか」
「それで小学校いた頃、周りからヤクザって言われてイジメられた」
……え?
「イジメは……家のせいじゃない。ヤクザん家って言われても、ハッキリと違うって説明すれば済む話。俺が戸惑って、オドオドしたから拍車がかかったんだ」
「えっと……え?」
「当時、先生も協力してくれて家のことを皆に説明したけど……終わらなかった。今度はわざと余計にからかわれた。ヤクザだとビビっていた奴らからムカついたっつって、袋にされた。ヤクザを格好良いとか影で何故か思っていた奴らは、変なガッカリを覚えて俺をムシするようになった」
ハタノ?
ハタノの話なの?
「だから同じなんだ」
「……同じ?」
「……同情」
ハタノは深呼吸してから私の顔を見た。
「同じ情けで……だから迎えに行った」
「ハタノ……」
「中学上がってから……俺は登校拒否を始めた」
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