あさ

あさ


私を起こす音は


目覚まし時計?


アラーム?


お母さん?



どれでもない。



インターホンだ。



「シミズー!!!!」



外から私を呼ぶ迷惑な大声もセットで…



そして時間差で階段を上ってくるスリッパの音が聞こえてきて、ようやくお母さんが部屋にやってくる。



「ヒカリ……起きてる?ハタノくんがまた来てくれてるんだけど…」


「……聞こえてる」



ベッドの中から、むっくりと上体だけを起こす。


そしてカーテンを少しだけつまんで、窓の隙間から外を見下ろした。



金髪頭が電柱にもたれながら「シミズー!!朝だぞー!!」とまた叫んだ。



お母さんが遠慮がちに私を見た。



「……どうする?今日、学校…」



母の問いに対して、カーテンから手を離して、もう一度お布団の中へ潜り込んだ。



「……行かない」



お母さんは私のワガママに返事をしないで、部屋を出て行った。


それは優しさだ。



ここ一ヶ月、私は学校へ行っていないのだから…


本当は問い詰めて、学校へ行けって言いたいんだろうけど、待ってくれている。


そんなお母さんを見ていると、申し訳なくて余計に胸が苦しい。


でもだからって急かされれば、私は壊れてしまう。


だからありがたいかもしれない。


ーーーなのに、あの金髪不良ときたら……



未だに外から「シミズー!!学校行くぞー!!」と叫んでいるのが聞こえた。



カーテンの隙間から外をチラッと見てみた。


玄関から出てきたお母さんが見えた。


お母さんはハタノに何かを言って、ハタノに頭を下げた。


ハタノもお母さんに頭を下げた。


意外に律儀だ。


家の中からじゃ何て言ってるかわからないけど、ハタノも何かを言って帰っていった。


でも明日の朝もまた来るのだろう。


だって何故かここ一週間ずっとそうだったから…


なんで迎えにくるの?


わからない。


だって彼とは話したこともない。


中学3年生になって2ヶ月。


今のクラスになってから学校に通ったのは始めの1ヶ月だけ。


3年になって初めてクラスメイトになった彼とは関わったことはない。


なんだったら見たことない。


多分だけど、ハタノはサボってたんだと思う。


そんぐらい彼とは接点はない。


ゼロだ。



名前も5日前に知った。

しかもお母さん伝いで


誰の頼みでこんなことをしているのかは謎だが、ともかく彼は見た目から想像つかない早起きと熱心さで一週間ずっと家に通ってきてくれる。



でも私は中学には行かない。


……行かない。



しばらくして、もう一度ドアをノックする音がした。



「ヒカリ?」


「……うん」



お母さんが顔を覗かす。



「お母さんもそろそろ仕事に行くけど……お昼は冷蔵庫に入れてあるから」


「わかった」



お母さんはニコッと笑った。



「いってきます。気をつけてね?」



一体に何に気をつけろと言うのだ。


……それとも


片手を上げて軽く手を振ると、お母さんはドアを閉めて出ていった。



窓からお母さんが出て行くのを確認した。


外には同じ制服を着ている生徒も見かけない。


もう皆…学校に着いて、授業が始まってるのかもしれない。


今年は高校受験なんだからって、4月は宿題もマジメにやり始めていた。


今年で部活も引退なんだからって、ミホコ達と頑張ろうって言ってて、新入生も面倒見なくちゃいけなくて…



だけど


私は部屋で何してるんだろう。



もう布団から出ようかな。



ベッドから抜け出して、パジャマを脱いだ。




「……げ」



一枚壁を隔てたような、くぐもった声が聞こえてきた。


『げ』?


一人しかいない部屋で声が聞こえるなんてありえないのに、深く考えずに聞こえた方へ振り返った。



窓には明らかに『やっべ…』と口を動かしたハタノがいた。



「きゃあああぁぁーっ!!!!」



私は叫びと共にしゃがみ込んだ。



ハタノに見られた。

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