線路
0時までの間、お風呂にも入り、もう寝れるって状態だけど、0時を過ぎて私はパジャマから洋服に着替えた。
しばらくして本当にメールが来た。
『起きてるか?』という確認のメールが。
今更だけど、まるで密会みたいでちょっと恥ずかしい。
返事……するより、もう出た方が早いよね?
メールが来たってことは私の家に着いたってことだろうし……。
リビングに電気点いてるけど、いつもなら両親ももう少ししたら寝るだろうし……そっと部屋から出て、玄関も音に気をつけたら……
「何してんの?」
心臓が本当に出るかと思った。
「わっ!!花陽姉ちゃん!!」
「一体何し……」
「シーッ!!」
状況を察してくれたのか、お姉ちゃんは小声で聞いてきた。
「トイレ行こうと思ったら、廊下でコソコソ何してるの?って。パジャマじゃないし……まさか、今から出かけるの?」
「あ……あの、お姉ちゃん。実はこれから……ちょっとある人に会いに……」
「え……はっ!!もしかしてさっき言ってた気になる人!?」
小声ながらもお姉ちゃんの声がウキウキしていた。
「わかった!!お姉ちゃんに任せて!!いい感じに誤摩化すし!!」
恥ずかしいけど、急に乗り気になったお姉ちゃんの協力で私は音を立てずに家のマンションを出た。
マンションを降りてすぐにタマを見つけた。
「……すげ。ホントに出れたんだ……こんな夜中なのに」
白い息を吐きながら、タマが私に言った第一声がそれ。
「お……お姉ちゃんも協力してくれたの」
タマは一瞬きょとんとした感じで瞬きをしたあと、フッと笑った。
「ふーん……お姉さんと上手くいってんだ?」
それはきっとシヅやタマのおかげって言おうとしたけど、タマは私の返事も待たずに乗ってきたっぽい自分の自転車に跨がった。
「ポチも乗れよ」
「ホ……ホントにいつもはタマは自分勝手!!」
私の苦情にタマはやっぱり白い息を吐くだけで、そしてちょっぴりニヒルに笑った。
「乗って」
タマがもう一度言った。
寒いけど、なんか家に帰ろうって気にはならずタマの後ろに乗った。
「タマ、そういえばなんで私の家わかったの?」
「ジチシコだから。調べたらすぐわかる」
「なにそれ!?」
タマは私に構わず自転車を発進させた。
そんな状況にデジャヴを感じた。
「タマ、もしかして学校に行くの!?」
そう、夜の学校に忍び込んだ夏のあの日を思い出した。
タマの白い息が後ろに流れて私達は歩く速度よりも速いスピードで前へ前へと進んだ。
「……違うよ、そう何度も忍び込めるかよ。あの日だって警備のおっさんが来てギリギリだっただろ?」
「あははは、走って逃げたよね」
私は笑って、タマにしがみついた。
モコモコのダウンの表面は冷たかったけど、タマの背中にくっついていた。
冬の深夜は冷たくて不純物も何もない感じでサラサラと私達だけの音が響いた。
しばらく二人を乗せたまま走っていた。
……なんかちょっぴり、幸せかもって不純な気持ちに浸ってみたり。
それはそうと、
「それでどこ向かってるの?なんでこんな時間に突然……」
「もう着くよ」
タマが言う通り、自転車のスピードは緩やかになった。
そこは……踏切。
前にタマが取り乱した、学校近くの線路だった。
「タマ……」
「俺の今年やり残したこと」
自転車を止めたから、私もタマと一緒に降りた。
「今年だけじゃなくて、俺の中でネックだったこと……線路を渡ること」
「タマ……大丈夫なの?」
「……わからない。まぁ、だからこんな深夜を狙ったあたり……俺も大概ヘタレだよね」
あ……そうか。
終電を過ぎた時間を狙っていたのか。
音を立てずに上がりっぱなしの踏切の遮断棒。
「……なんで、私を誘ったの?」
「ポチが聞いてきたから、心残り。だからポチは立会人的な」
「立会人!?」
「俺も超えたいんだ、色んな意味で」
タマがそう言っている顔が儚くて、切なくて……
「俺が見捨てた奴のところ行って謝って、スッキリさせても……そんな後出しじゃんけん、ただの自己満足だし、今更掘り返したってソイツにもありがた迷惑かもしれない。わかっている」
「タ……マ…」
「俺が求めていた自主自律のジチシコだって、結局俺の嫌いな多数決の投票で守られた。皮肉なもんだよな」
「そんな、それは……」
誰かの上に立つとか、優劣とか多数とか少数とか……そんなことがない世界はきっとこれからもない。
だけど私達は理想を持ってしまう。
だから自分の限界のギャップにいつも苦しむ。
「つまり何が悪いとか何が正しいとかじゃなくて、何事も結局は自分自身ってことなんだよな。多数でも少数でも自分の気持ちも自分のしたいことを見失わなければ……いいんだよな?」
「……うん」
「俺も、あの日……クラスでいじめの決める多数決の、自分の情けなさ……忘れない。これからもずっと、戒めとかってカッコいいやつじゃないけど、同じことを繰り返さないように、忘れない……絶対」
「うん……私も忘れない」
「うん、だからこそ俺は踏切を……弱虫の自分を受け入れたいんだ。叫んで拒絶じゃなくて……乗り越えた上で、忘れたくないんだ」
「……わかった」
ずっと踏切を見ていたタマが私を見下ろした。
口に掛かっていたマフラーを指で下げ、私もタマを見上げた。
「ちゃんと見届けるよ。タマがちゃんと渡れたって、私が証人になってあげる」
「……ポチを誘ったのは」
えっ、突然なに!?
話が飛んだことに焦った。
「ポチに一緒に来てもらったのは、ポチと一緒なら、渡れる…気がしたんだ」
タマの言葉に顔が上気して熱くなったのがわかった。
「そんな……私、ななななな、何も出来ないっていうか、私なんか」
「いいんだ、いてくれるだけ」
「……」
「ありがとう」
そして私たちは目の前の踏切をもう一度見た。
数分間、そうしていた。
「……タマ?」
「……あぁ、悪い」
タマは動かなかった。
……動けない……のかもしれない。
当たり前だ。
長過ぎるトラウマ。
そんな簡単な話じゃないはず……
……でも、『じゃあ、また今度にしよう』『これからゆっくり乗り越えよう』なんて言うつもりは更々なかった。
『今』じゃなきゃ、駄目なんだ。
私もそう思うから。
ずっとずっと『いつか』なんて待っていられない。
私は……
「タマ」
私はタマの手を取り、握った。
大好きなタマの手を
タマはビックリしたような顔で私を見たけど、私は手を引いた。
「行こ?」
「……っ」
私がゆっくり歩き出すとタマの目から涙が溢れた。
「……っ、……う、……う、ぁっ」
タマの
ゆっくり
ゆっくり
二人で手を繋ぎ、歩き、前へ進んだ。
タマは声を殺したように泣きながら歩いた。
子供のように泣いていた。
ずっとずっと、子供の時に置いてきたその涙が、タマの止まっていた時間を溶かしてくれたら……いいな。
ボコボコの線路に足を掛けた時、自然と二人の手の力が籠った。
でもペースを出来るだけ変えずに、線を逆らうように横切り、ゆっくり、ゆっくりと二人で歩いた。
「……タマ」
「……」
「渡れたじゃん」
深夜の町。
私達は線の向こう側にいた。
タマの嗚咽が響いた。
「悪い、俺……カッコ悪りぃ……」
「全然!!カッコ悪くないよ!!」
片手で自分の手を覆い、それでも隠しきれずにタマの頬に涙が流れていた。
私達はただお互いの手を握っていた。
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